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異世界魔瞳探索記「あなたの世界は何色ですか?」~極彩色の光が見える魔眼を手に入れて、薬草採取から魔物討伐まで縦横無尽の大活躍~  作者: 一文字 心
第1巻 極彩色の世界

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死の舞踏Ⅶ

 冒険者ギルドから走り出した者たちは、魔法学園に向かっていた。


 そのような行動に冒険者たちを動かしたのは、コルンが資料室から飛び出して言い放った言葉だった。



「地下です! 南門の堀は、地下で水路に繋がっています!」

 


 一瞬、意味を理解できなかった冒険者たちだったが、すぐさま思考を切り替える。



「グールは泳げるのか?」


「可能ですね。肉体の損傷が軽度であれば、普通の人間にできること以上が可能です」



 一人の冒険者が進み出て言うと、魔法使いの女性が集団の中で声を上げた。



「南門の堀から人間の幅以上で、地下を通りやすく、かつ侵入しやすい施設は!?」



 鎧に包まれた大柄の老人が大声を上げる。老いを感じさせぬ覇気の籠った声に周りの人間が肩を跳ねさせた。


 コルンは一度目を閉じて深呼吸をする。



「いくつか、候補はありますが……恐らくここになると思います」



 資料をテーブルに広げ、指し示した。多くの冒険者が駆け寄って覗き込む。そこに記された名は――



「――魔法学園だと? 正気か!?」


「自分から殺されに行くようなものだぞ!」



 コルンは捲し立てる冒険者を目で制して、いくつかのポイントを示す。



「最短ならばメインストリート近辺ですが、ここは陽に当たりやすく上がって来るまでに時間がかかります。次に住宅街および宿泊施設近辺ですが、水の出口は人の幅がないので不可。アラバスター商会方面は鉄格子で仕切られているため出れません。つまり――」



 コルンはそのまま堀から地下のルートで一度、メインストリート脇の大水路へ。そのまま一番手前の合流している水路から住宅街・宿泊施設区域を抜け、魔法学園の堀へ。そしてその脇から中央を通る道の下に埋められた水路を抜けて、一番手前の噴水から出てくるルートを示した。冷や汗をかきながら、周りに確認するように見渡す。



「人が通れる。日に当たりにくい。出てきやすい。そして何より『若くて新鮮な肉がたくさんある』。そんな条件を満たすのはここしかありません」



 周りが静まり返る。近くの者同士で互いに目を合わせるが、何も言葉を発しない。コルンが何人かの顔を見るも、疑惑の眼差しが返ってくる。



「儂らのパーティーが行こう」



 手を上げたのは、先ほど威圧感を放っていた老人だ。それに続けて、複数人が手を上げる。



「こっちも動く。行ってみて何もなければそれでいいんだ。木の的相手にしか魔法を使わない嬢ちゃん坊ちゃんじゃあ荷が重いだろうよ」


「ここで突っ立ってるよりはマシってもんよ。可能性があるのなら試しておくのは嫌いじゃないわ」



 手を挙げた者たちを把握し、ギルド職員が送り出す。彼らの足は一刻も早く向かわねば、と次第に早くなり、ホールを出る頃には駆け足になっていた。



「グールは既に体は死体です。唯一違う点は死後硬直のように体が硬くならない代わりに、時間経過で体が劣化していくことです」


「なるほど、人間がぎりぎり入るような水路でも窒息の心配はないってわけか。空から見ても見つからないはずだぜ」


「情報の共有不足。戦争ならば致命傷になりかねないぞ」


「爺さん。それは到着してみないとわからないぜ。()()致命傷ってこともあり得るだろ!」



 それぞれのパーティーの代表が先頭を駆けていきながら会話する。いくつかの水路を渡りながら、その中も警戒していくが、彼らの目には怪しい姿は映らなかった。水路からはあちこちで灯る篝火や魔法の光が反射して煌いているだけだった。


 ガーゴイルに用件を告げて冒険者たちが続々と中に入っていくと、学園の生徒たちは何事かと騒ぎ出す。休日で生徒の多くが夜でもうろついていたのが、それに拍車をかけた。



「この騒ぎ、あとでどう説明しましょうか」


「何、ルーカス学園長の依頼だと思わせればいい。小童どもには、それで十分だ」



 そんな会話をしながら噴水広場の方へ進むと、風切り音と爆発の音が彼らの耳に届いた。魔法使いの一人が顔を蒼褪めさせる。



「中央の噴水広場の方角からです。この近辺に魔法を訓練する場所はありません」


「遅かったか。全員、戦闘準備。一気に突っ込むぞ!」



 広場に通じる所まであと少し。目の前の角を曲がれば目的地だ。そこまで来た時、先程とは比べ物にならない轟音が鳴り響いた。



「な、何だ!?」


「狼狽えるな! そのまま突撃だ!」



 音に足を止めた若いリーダーを老齢の冒険者が怒鳴る。瞬時に顔を引き締め、彼に続いて他の者も走り出した。だが、角を曲がった瞬間に注意した本人が立ち止まっており、その背中に連続でぶつかってしまう。



「いってぇ!?」


「ちょっと、止まるなよ爺さん!」



 そんな者たちの声も気にせず、老人はただ前を見据えていた。その異様さに、他の者も老人の視線を辿る。


 その光景を見た者たちが次々に動きを止める。止めざるを得ない。噴水広場だけ、時が止まったかのような世界が広がっていた。


 彼らの目に入ってきたのは、城の壁に叩きつけられ、未だ痙攣して動こうとしているのが不思議なほどの損傷を受けたゴルドー男爵の姿だった。腕はひしゃげ、足は既に原形を留めていない。腹から胸にかけては大きな風穴が空いていた。


 否、その後ろの()()()()穿たれていた。


 城を形成する石には放射状のひびが入り、まるでゴルドーが蜘蛛の巣に絡めとられた哀れな虫に見える。


 みな、一様にその姿に呆けていたが、老人が一番早く立ち直った。



「魔法を使える者は、全員ゴルドーを捕縛。念のため、槍兵を警護に付かせるんだ。神官は剣士と共に被害者が出ていないか確認。他の者は一帯を封鎖! 急げ!」



 老人の大声に突き動かされるように、各パーティーを崩し、臨機応変にペアを作って行動に移し始める。


 気を引き締めた老人の視線の先には、倒れたユーキや少女たちの姿がある。ゆっくりと油断せずに彼は近付いていく。



「我々は冒険者ギルドから派遣された者だ。いったい何があったか教えてもらえるか」



 倒れていたユーキを同じパーティーの仲間に任せ、老人はサクラたちに問いかける。


 呆然と立ち尽くしていたマリーはぎこちない動作で振り返り、アイリスは夢から目覚めたかのように瞬きする。老人にあたふたしながら二人は説明をし始めた。



「そ、その、気付いたら、あそこの変人が襲い掛かってきて、ユーキ――そこで倒れてる奴なんだけど、私たちを庇って戦ってたんだ」


「殴り飛ばされて、私たちの方に向かってきたから魔法で迎撃した」


「先ほどの最初に聞こえた風切り音と爆発は、君たちが放った魔法ということだな」



 老人の言葉に頷く。話しかけられて、やっと安全なことを認識したのか二人の手足が震え始める。



「それで、目の前のサクラにそいつが跳びかかって、もう駄目だと思ったら――」


「――あの壁に、いつの間にか叩きつけられてた」



 アイリスが冒険者たちに囲まれている石壁を指差す。


 老人はゴルドー、座り込んでいるサクラ、そしてユーキの順に位置を把握した後、目を細めて呟いた。



「少年が何かしらの魔法を放った――と考えられるが、あのような痕跡が残る威力の魔法は見たことがない。ミスリル原石に特殊加工で対魔法障壁を付与し――いや、今は安全の確保と連絡が必要だな」



 老人は後ろにいた仲間に合図を送り、ギルドが配布していた閃光弾を撃ち上げた。



「もう安心だ。騎士団も駆けつける。何も心配することはない」



 座り込んでいたサクラにも屈んで、声をかける。未だ、呆然と目の前だけを見つめ続けていたサクラが我に返った。



「あ、あの、私……」


「何も言わなくていい。君は助かった。友人もな」



 言葉を一つ一つ区切り、サクラに言い聞かせるように老人は言葉を紡ぐ。不愛想ではあるが、温かみのある声が少しずつサクラを現実に引き戻していく。



「ユーキさんは、どうなったんですか? あの人と戦って、それで――」


「――無事だ。倒れているが、目立った傷跡もない。直に目を覚ますだろう」



 その言葉を聞いて、安堵の笑みと涙がサクラの目から零れ落ちた。



「何事だ!? 何があった!?」



 三人の背後からルーカス学園長が尋常ではない速さで駆けつける。ルーカスは老人を見つけると、目を丸くして近寄って来た。どうやら、旧知の仲らしく、ルーカスは老人の名を呼んだ。



「ローガンか! 何が起こったんじゃ! 儂の生徒たちは大丈夫か!?」



 老人の肩を掴んで揺さぶる。そのルーカスの肩を逆につかみ返した。



「あぁ、我が友よ。儂ではなく勇敢な少年が、どうやら君の生徒をゴルドー男爵から守り通してくれたようだ。少なくとも被害は出ていない。あの城の壁を除いてな」



 ローガンと呼ばれた老人の視線に促され、ルーカスは目を見開く。唇がわずかに震えた後、口を真一文字に結ぶ。その顔には怒りとも悲しみともつかぬ表情が浮かび、ただゴルドーの体に空いた空洞を見つめていた。


 数秒後、サクラたちの方に振り返り、腰から引き抜いた杖を一振りする。



「念のため、浄化の魔法と活力の湧く魔法をかけさせてもらった。三人とも、よく恐怖に耐えた。今日は儂がここでゴルドーを見張るから安心して眠るといい」



 サクラたちに微笑んで頷く。



「そして、彼もじゃ。どうやら、今回の立役者のようじゃからな。君たちもついてきなさい。きっと君たちの無事な姿を見れば喜ぶじゃろう」



 ルーカスはローガンに無言で頷いて、その場から三人とともに離れる。ユーキが横たわっている場所に近づくと、様子を見ていた魔法使いが話しかけてきた。



「どうやら気絶しているようです。殴られた衝撃か、はたまた魔力の枯渇か。私には少し分かりかねますが……」



 その魔法使いの隣にルーカスも屈んで頭から足の先まで見た後、右手でユーキの左腕に触れた。何度か腕を指で押したり、摩ったりしていたルーカスの表情が次第に険しくなっていく。


 左腕をそっと置き、右腕に触れた瞬間、すぐさまルーカスは杖を一振りしてユーキの右腕を氷漬けにした。



「が、学園長。ユーキに何を!?」


「ユーキはグールに噛まれてなんかいないぞ!」



 ルーカスの行動にサクラとマリーが抗議の声を上げる。アイリスは凍った腕をじっと見つめて、無言のままだ。


 ルーカスが上空に杖をもう一振りすると、塔の付近に飛翔していたガーゴイルが舞い降りてきた。



「ナンダ、ゴ主人」


「ドクターに――リリアンに部屋を開けるよう伝えてくれ」


「了解。スグニ伝エル」



 ガーゴイルは翼を広げ、一気に跳躍して空へと上がっていく。それをルーカスは最後まで目で追うことなく、杖をユーキに向けて体を浮かせた。



「簡潔に言おう。今の彼は危険な状態じゃ。今すぐにここでの応急処置が間に合わないほどに、じゃ。君たちも望むならついて来て構わぬ」



 そう告げると、城の中に向かってルーカスは歩き出した。三人とも顔を見合わせた後、彼の後を追っていく。広場に集まった野次馬を背に、サクラたちは噴水広場を後にした。

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