自由の在処Ⅰ
ユーキは突き付けられた杖を一度見た後、その視線をエリックへと移した。
魔眼を通してみたが、その姿には他の五人と違って黒い靄は存在しなかった。正真正銘、エリック本人だ。
「聞こえなかったか? 動くなと言ったんだ」
「まさか、捕まっている中に紛れ込んでいたのか」
「ご名答。流石にこいつらの正体を見抜いても、学園の生徒の中に仲間が紛れてるとは思わないだろう」
敵が目の前にいる奴らだけかと思い込んでいた。致命的なミスだが、気付けという方が無理だ。
フェイたちの方へと視線を向けるが、同じように武器を構えるだけで攻撃しようにもできない。人数的には相手が多いので、反抗しようとしても制圧されるのが目に見えている。
ユーキは逃がしたはずの生徒たちを探すが、その姿は見られない。恐らく、指示通りに遠くまで逃げ出せたのだろうが、それが自分の首を絞めることになるとは思っていなかった。内心で焦っているとエリックは倒れている女の方へと目を向けた。
「しかし、意外に使えない女だったな。まぁ、札の魔法とドッペルゲンガーの生成は文句なかったが、俺の手持ちは、あと一体だ。とりあえず、お前のコピーでも作って地雷とやらの除去をさせよう」
「悪いが、ばらまいた魔法の位置なんて俺でも覚えてないぞ」
「黙ってろ。お前のドッペルゲンガーに聞いた方が、嘘かどうかを考えなくて済む分楽だ」
時間を稼ごうと思ったが、ドッペルゲンガーの使い方を既にエリックは理解している。同じ体、同じ記憶の個体が複製できて従わせることができるのならば、情報を聞き出すという点ではこれ以上なく優秀だ。スパイにとって一番使い勝手がいいだろう。
「あいつのところに爆破石を動かして、ウンディーネの魔力を流すというのは?」
『駄目ですね。一応、この場所には私の魔力を行き渡らせて誤魔化していますが、このような相手だと視界を塞がない限り魔力の流れに気付かれます』
小さくウンディーネに声をかけるが、良い返事は聞けなかった。精霊種事態を見ることは出来なくても、彼女が操っている魔力は単体の属性になっているため、無色ではない。恐らくエリックたちの視界には闘技場を埋め尽くす魔力が見えているのだろう。流石に、ウンディーネもこれ以上動くのは存在をばらす危険があった。
やむを得ずユーキはガンドを放つために魔力を集め始める。操っている女とエリックの二人が倒れれば、他のドッペルゲンガーも行動はできない。
「まずは……こうだったな」
エリックが札を一枚投げると、そこから黒い靄が人型のように変化しながら、ユーキの下へと浮遊して近寄ってくる。そのまま、ユーキの目の前に立ち、ゆっくりと手を伸ばしてきた。
ユーキの魔眼がよりその黒い靄をはっきりと捉え始めると、脳裏にいくつかの場面がフラッシュバックのように浮かんでは消えていく。
――――暗く狭い水の中。
柔らかいものに包まれ、時折響く大きな音。大海に揺らされるような安心感。
――――赤い液体と揺らめく多くの蝋燭。
あまりにも眩しくて、そのほとんどがピントが合わず、ぼやけて見える。叫び声が響き、唐突な恐怖に襲われる。肌寒く、今にも凍え死んでしまうかと思い、手足は何かを掴もうと空を切る。
――――伸びてくる大きな手。
体が宙に浮き、冷たい台の上に置かれる。そして、振り下ろされる刃。切り裂かれる痛みが、傷から広がる熱さが、消えていく体の冷たさが、何もかもが初めてで恐怖にかられるだけだというのに、その気持ちすらも闇の中へと沈んでいく。
最後に見えたのはたくさんの文字と紋様が書かれたお札だった。
「――――――――っ!?」
「――――――――っ!?」
視界が元に戻ると目の前の黒い靄が恐れるかのように後退りしていた。
もう一度、ユーキはその黒い靄をよく観察した後、その正体に気付き拳を握りしめた。
「おい、何をしている。さっさとそいつを――――」
「お前は、お前たちは、絶対に許さない」
ユーキは怒りに震えながらエリックを指差す。その指先に何も見えないはずなのにエリックは、それだけで冷や汗が噴き出した。生まれたての小鹿のように足が震えだす。
「消えてしまえっ!」
ユーキの指先からガンドが放たれた。
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