虚実Ⅵ
なかなか作業が進まず、いらいらしているところに、突然、轟音が響き渡る。女は振り返ると緊急用に用意していた防御魔法が粉々に破られていた。幸いなことに自身に一切の被害はないが、もし、当たっていたらと考えるとぞっとする。
「くそっ! お前ら、相手をしてやれ!」
「で、ですが、これでは……」
ドッペルゲンガーたちが戸惑うのも無理はない。舞台部分の上は全て土、土、土。巨大な一撃に土が舞い、視界を塞いでいた。魔法で攻撃しようにも狙うべき相手が見えなければ話にならない。
「風だ。風の魔法で土埃を薙ぎ払え!」
「わ、わかりました」
指示を受けて、魔法が放たれるとカーテンが揺らぐように土埃が消えていく。
その晴れた視界の先には、ユーキが堂々と立っていた。
「何だ、お前は!?」
「はっ。誘拐犯に名乗る名はないな。それより、良いのかい? あんたの大切な人質は全員逃げているが」
「ば、バカな。この短時間でそんなことが……!?」
女が周りを見渡すと空の檻ばかり。どれも扉が半開きになり中はもぬけの殻だ。まるで幻覚でも掛けられているのかと自分を疑い始めたくなるのも無理はない。
「(よし、第一段階成功)」
第一段階。それは人質をいかに減らすか。ここで役に立ったのがウンディーネだ。鉄檻は頑丈ではあるが、ただそれだけのもの。身体強化を極めた者がいれば、鉄格子を曲げて出れたかもしれないが、それを目の前で見逃すほどバカではないだろう。常にそういう行動をしないかドッペルゲンガーで見張っていたに違いない。だからこそ、錠前もただの普通の錠前が使われていた。
その鍵穴にウンディーネの操る水を流し込み解錠。それと同時にユーキたちに使っていた思念を送ることで全員に避難指示。指示内容はただ一言。「階段を登って一番近い通路へと逃げ込め」である。
総勢百名近い生徒を一斉避難させられたのは、ウンディーネの広範囲に渡る水の正確な操作が可能だったからと言える。流石にこれは、あのオーウェンや天才のアイリスでも真似はできない。
そして、これは第二段階の布石でもある。
「ほう。ここまで大それたことをやるとは驚いた。だが、一人で出てくるとはずいぶん勇ましいな。こちらは私を含めて十一人いる。援軍もくれば三桁にもなる。流石に相手をするには厳しいんじゃないか?」
「悪いな、おばさん。その程度でへばるほど、年取ってないんだ。あんたと一緒にしないでくれ」
「おばっ……まだ私は二十よ!」
ユーキの言葉に激高すると額に青筋を浮かべ、顔に赤みが差し始める。ユーキは心の中で相手が冷静さを失い始めていることに、必死で喜びそうになるのを押さえる。あくまでこちらは余裕に、そして冷静に立ち回らなければならない。
「お前、あの小僧を痛めつけてやりな」
「りょうか――――」
――――ミシッ
嫌な音が響いた瞬間、一歩前に出たドッペルゲンガー三体は自分の腹部に拳大の石がめり込む感触に気付いた。それと同時に、強烈な痛みが襲ってくる。
薄い鎧を貫通し、サクラ達の土魔法が炸裂する。三人とも人に向かって、死に至る可能性のある攻撃魔法を躊躇うと思っていたが、案外、肝が据わっている。尤も、相手がすべてモンスターであるとわかっているからというのもあるかもしれない。もし、これが遭遇戦であったなら、迷わず攻撃できるのはユーキたちの中でフェイくらいだろう。
崩れ落ちていくドッペルゲンガーを前に、女も流石に舐めてかかるのは危険だと判断したのか。外套を舞わせて姿を消す。それと同時に残ったドッペルゲンガーたちが武器を手に前へ出る。ある者は剣や槍を持ち、ある者は杖を振り上げる。
流石に七人も相手に戦って勝てるほどユーキは強くない。だからこそ迷うことなく、正面から戦うことを避ける方法を考えついていた。
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