虚実Ⅴ
鉄檻の扉が軋みながら勝手に開くと、倒れた男たちの傍で黒い影が立ち上る。そのまま、形が人型になったかと思うと、瓜二つの人間が三組。いつの間にか、存在していた。
そのまま、鉄檻を出た三人は扉を閉め、その前に女が音もなく出現する。その女を前にして三人は傅いた。
「上が騒がしい。お前たち三人で見てこい。もしも、そこに人がいるなら襲って構わない。ただし、殺すのは駄目だ。必ず生け捕りにしろ」
「わかりました」
先程、最後まで不可視の攻撃を躱し続けていた男の顔をした「何か」が返事をする。ユーキたちは、その男が先頭に立って闘技場を出ていく姿を見ながら確信した。アレがドッペルゲンガーなのだ、と。
「どうする?」
「どうするって言っても……」
「とりあえず、あの女が黒幕だろ? だったらアイツに一発くらわして捕まえちまえばこっちのもんだぜ」
マリーは自信満々に答えるが、すぐにフェイが呆れたように首を横に振った。
「見えない相手に戦う方法なんてあるのかい?」
「そ、それは……あるよな?」
マリーはフェイの問いかけに答えられず、傍にいたアイリスへと目線を向ける。アイリスは考え込んでいるようで、じっと闘技場の様子を観察していた。
「ウンディーネ。君ならできそうかな?」
『可能性は否定しないですけど、彼女はかなりの使い手とお見受けします。ドッペルゲンガーを率いて、既に三人以上の個体を複製し、命令を下しています。いくら使い魔や召喚術などの使役魔法が得意だとしても、いくつもの生命体を同時に操るのは相当な鍛錬が必要です。そんな鍛錬を受けてきた相手だと、私が逆に封じ込められて使役される可能性すらあります』
「よし、やめておこう」
即座にフェイは前を向いて、女の観察を始める。その傍には、数名の――――おそらくドッペルゲンガーである――――学園の生徒が控えていた。
「この後は、どうされますか?」
「そうね。人数も集まってきたし、時間も経っている。そろそろ、外の連中が騒ぎだす頃合いね」
「では……」
「そうね。あんたたちも晴れて鷹役は終わり。次は人間役として、地上で過ごすことになるわね」
その言葉にマリーが真っ先に反応した。
「あいつら……貴族の子どもに成り代わって、国を乗っ取るつもりだ」
「では、あの女は他国のスパイか何かか?」
「だろうな。札を使う魔法形式は和の国か蓮華帝国。現在の国の情勢的に言うなら、間違いなく後者だろうぜ」
「和の国はファンメルとは友好関係を築いてるからね。やる理由がないもの」
サクラも憤りを隠さずに呟いた。
それもそうだろう。これが表沙汰になれば、世論は間違いなく蓮華帝国に負の感情を抱く。当然、それなりのケジメをつけなくてはいけなくなるが、それを認めて謝罪するような国がこんな大それたことをするはずがない。「そんなこと知らない」の一言で済ませることすら有り得るだろう。
おそらく、どちらに転んでもよいと考えている可能性が高い。成功すれば無駄な血を流さずに敵の中枢に潜り込むことができる。失敗すれば人質を確保した状態からの交渉。或いは戦争になる可能性すらあるが、軍事大国である蓮華帝国からすれば痛くも痒くもない。
「これは、ここで阻止しておかないとね」
「救出が先か。それとも、あの女を倒すのが先か」
「多分、檻さえ開けられれば協力はしてくれると思うけど、助けてる間に気付かれるかも」
全員一度、通路の奥へと移動して作戦を考える。
近づく以外だと魔法による遠距離攻撃になる。姿を現している内に一撃で仕留められるのならば、その方が安全ではある。姿を消されてしまえば、攻撃を広範囲にばらまいて命中させるくらいしか方法がない。
捕まっている者たちを救助しても決定打にならず、ただの時間の浪費になる方が濃厚だ。
「せめて姿を消されても位置がわかるような方法か、その魔道具を打ち破る方法があればいいのに……」
サクラが肩を落とすと、他のみんなも上手い解決策が浮かばず次第に視線が下がっていく。そんな中、ユーキは自分の荷物をガサゴソと漁り始めた。
マリーがユーキの上から革袋を覗き込んで尋ねる。
「何をしているんだ?」
「見てわからないか? 荷物の確認だよ」
そんなことは見ればわかる、とマリーがその理由を確かめようとした時に、ユーキはいくつかアイテムを取り出した。
「一応、確認するけどさ。ああいう魔道具を使っている時って、魔力ってどういう状態なのかな。やっぱり、見えないけど常に流してるのかな?」
「そりゃ、そうだろ。アイリスが水を操ったりしていたように魔力を流し続けていないと発動はしないぜ」
「そうだよなぁ」
その答えを聞いて、ユーキは自分の手に握った物を全員に見せる。その手の上に広がる物を見て全員が首を傾げた。
「それ、何に使う、の?」
アイリスも不思議そうに見つめていると、ユーキはそれを握りしめて上に掲げた。
「ちょっとね、良い考えがあるんだ」
ユーキが珍しく、悪戯をするマリーのような笑みを浮かべた。いつもは悪戯を仕掛ける側のマリーが思わず後退りするほど強烈に。
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