虚実Ⅳ
何度かの分かれ道を繰り返し進み、やがて一本道へと辿り着いたユーキたちは、その先から金属が擦れるような音が聞こえてくることに気付いた。甲高いというよりは鈍く、どこかザラザラしたような感覚を想起させるような耳障りな音だ。
「何かいるのかな?」
サクラが不安そうに呟く。
「いや、見える範囲にはいないな。フェイは見えるか?」
「君と同じだ。この先には何もいない」
奥へと目を凝らすが、松明の灯りが照らす場所以外は、ほとんど何も見えない。ユーキの魔眼でも変わらず、異変を示すような色も動きも見えなかった。
それでも構わずに進み続けていると、音も次第に大きくなっていく。その内、通路の先が僅かに見え始め、大きな空間に通じていることが分かった。
壁際へと張り付いて、できるだけその空間から見えないように身を隠しながら進むと、空間の先が窪んでいることに気付く。そのまま、視線を下へと下ろしていくと、その先は地下に作られた円形闘技場とでもいうべき場所だった。天井は吹き抜けにでもなっているのか、空から明るい光が闘技場の舞台へと差し込んでいる。
観客席に当たる部分には数人ごとにまとめられ、鉄檻に入れられている人の姿が見える。誰もが若い少年少女であることから、ダンジョンに潜ったまま帰還していない学園の生徒であることが予想できた。
「ビンゴ、だな」
「人がいっぱい……生きてる?」
アイリスも通路の出口から数メートル後ろの所で顔を突き出して、下の観客席を見ている。ぐったりしている者が数名いるが、幸運にも、見渡す限りは全員生きているように思われた。まだ元気のある何人かは鉄格子を揺さぶって抵抗しているようだが、耳障りな音が響くだけで何の効果もなかった。
「武器は……取り上げられているな。それ以外の装備も含めて中央の闘技場部分に集められている。無事なのは防具くらいか」
フェイが伏せながらギリギリ届く視界の中で情報を集める。見張りなどはいないかと目を凝らしていると、女の声が空間に響き渡った。
「次の準備ができた。そこの二段目にいるパーティの番だ」
声が聞こえてきたのは舞台の隅。ここから死角になっている場所から女が歩み出て来た。黒い外套を羽織り、短い茶髪を揺らしている。その右手の指には何枚かの札が挟まれていた。
ユーキたちの通路とは正反対の場所の、観客席にある鉄檻の中から怒声が上がる。
「お前なんか好きにさせるか! 臆病者め! やれるもんならやってみろ!」
「一発、その透かした顔に喰らわせてやる!」
「さっさとこっちに来やがれ!」
捕まってまだ時間が経っていないのか、彼らの声は闘技場に響き渡り体力がまだ余っていることを示していた。それに対し、女は片手で頭をぐしゃぐしゃとかき回すと、面倒そうに外套を優雅に広げて一回転する。
「えっ!?」
思わずサクラの口から驚きの声が上がる。
はためいた外套が落ちるにつれて、風景に同化。いや、透過していき、姿が見えなくなったからだ。
「消えた!? ゴブリンキングが持っているマント以外にも、そんな魔道具があるのかっ」
マリーも驚きを隠せずに身を乗り出す。
鉄檻のなかにいる男たちは互いに背を向けあい。どの向きから来ても対応できるように構える。他の鉄檻に囚われている者も、必死に首を左右に動かして女の位置を探っているようだ。
フェイたちも見える範囲で探そうとするが、手掛かりが全くつかめない。
「うおっ!?」
そんな中、急に鉄檻の中で男が一人倒れこんだ。
「何があったんだ?」
そうしている間に、二人目の男も倒れ込む。残された男は、左右に視線を巡らせながら、時折、素早く反対側へと身構える。
何秒かそうして警戒している動きをしていると、急に男は体を捻り回避する動作を見せた。
「あれは……お札?」
サクラが呟くと同時に全員が、鉄格子に白い札が張り付いているのが見えた。
男が身を翻すたびに鉄格子や、その近くの床へと札が出現していく。よく見れば倒れた男たちの腕や背中にも札が張られていた。札の出現している場所から想像すると、タイミングもばらばらに四方八方から飛んできているようだ。
「さっきの女の人。透明だったけど触れているものにしか効果がない、みたい」
「なるほど、それが事実なら何て戦いづらい相手だ」
「暗殺にもってこいだな。ナイフで後ろから一刺しすれば、父さんでも躱せないぜ」
どこから来るかもわからない、ほぼ不可視の攻撃を避け続けていた男は大したものだったが、それも運が尽きたのか、同時に跳んできた複数の札に対応することができずに床へと倒れ伏す。周りで見ていた、他の生徒からは応援の言葉が飛び交っていたが、それも落胆の声に変わってしまった。
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