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異世界魔瞳探索記「あなたの世界は何色ですか?」~極彩色の光が見える魔眼を手に入れて、薬草採取から魔物討伐まで縦横無尽の大活躍~  作者: 一文字 心
第1巻 極彩色の世界

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死の舞踏Ⅵ

 食堂から出てきた四人は、満ち足りた笑顔をしていた。



「いやー、食った食った。ユーキ、悪いな。本当に奢ってもらって」



 マリーが片手を上げて礼を言う。その隣でアイリスはユーキとハイタッチ、サクラはぺこりと頭を下げた。



「すいません。本当に」


「おいしかった。ありがとう」



 ユーキはおいしそうに食べてくれた表情だけで充分嬉しかったし、サクラたちを待たせた負い目もあるので気にはしていなかった。



「いいよ。元々は俺がしっかり寝てなかったのが悪いんだし」



 そう答えて、四人で中央の噴水広場に入る。



「ユーキは、この後どうする? 一度風呂入って、またサクラの部屋にでも集まって『女子会~ユーキ歓迎会添え~』でも開催するか?」



 流石にサクラが顔を真っ赤にして、マリーを掴んだ。そのままユーキから引き離し、耳元で注意する。



「ちょっと、マリー。いくら勝手にしていいって言っても、夜に男性を連れ込むのはいけないでしょ!」


「いやぁ、ユーキならそういうことしないだろ。明日休みだし、ちょっとくらいいいじゃんか。本当にダメな時はガーゴイルが警告しに来るらしいし」



 心底楽しそうに笑うマリーにサクラは頭を抱えてしまう。



「えーと、どうしよう。昨日、洗いに出した服を除くと、部屋に残っているのは確か……」



 その光景を見て、ユーキは苦笑いしか出なかった。半面、この関係を楽しんでいるのも事実だった。


 そんなユーキの袖をアイリスが引っ張る。



「あそこ、変な人がいる」


「ん? どこだ?」



 月明りも強くないので、ユーキは指差す方向を魔眼で見つめる。



「――――ッ!?」



 間違いなく、この瞬間。ユーキの心臓は数秒間止まっていた。


 それと同時に襲ってくる悪寒。


 思わず開いた魔眼から脳に叩き込まれる不快感。胃の中身がこみ上げてきそうになったのを無理やり抑え込む。わずかに開いた口の隙間から、掠れた空気の音が漏れる。


 もし、その姿がはっきりと見えていたら、そこには禿げ上がり、目の周りがくぼんだ浮浪者がいたと思うだろう。しかし、ユーキの魔眼に映し出されたのは、ドス黒いという言葉すら白く輝いて見えるほどの黒い光だった。それはゴブリンを見た時の光とも違う嫌悪感を抱かせる。


 ()()()、ユーキはその男の顔をほとんど見ていなかった。記憶の片隅に追いやられていて、今も思い出すことはできない。だが、それでもはっきりと断言できた。こいつは、ゴルドー男爵(グール)だ、と。



(どこから侵入した!? ガーゴイルが見逃す? その前に警備にあたっている騎士団やギルドが気付くはず。ここに来るまでどうやって……)



 混乱するユーキの耳に水から上がる音が聞こえた。その瞬間、ユーキの頭の中で、先程の会話が別の形に組み合わさって行く。



(噴水、水路、堀……コイツ、まさか――!?)



 もう一度、水から足を引き抜く音が聞こえた後、自分の至った答えにユーキは凍り付いた。あり得るはずがない、と頭の中で否定するが、目の前の現実がそれを許さない。全身の毛が逆立ち、心臓の鼓動と共に頭痛の波が襲って来る。



(――堀からここまでを渡ってきたのか!?)



 落ちくぼみ、狂気に染まったゴルドーの目がユーキを捉えた。


 いや、ゴルドーが見ているのは、さらにその手前。ユーキではなく、より近くにいるサクラとマリー。


 ――瞬間、ゴルドーが獣の如き奇声を上げて地を駆ける。



「――ニクゥゥゥゥ!」


「二人とも避けろ!」



 とっさに二人の間に押し入って、ユーキは剣を抜き放つ。そのままの勢いでユーキはゴルドーを切り付けた。突然の衝撃にマリーはよろめき、サクラが尻もちをついてしまう。


 不意打ち気味に放たれた攻撃だったが、ゴルドーは後ろに跳躍して、首を切断するはずだった切っ先を避ける。ユーキの放った銀色の一閃は、ゴルドーの鼻先で空を切った。人間という見た目からは想像できない動きに目測が狂う。



(くっ、何をしてるんだ。こんな状態で迷っている場合じゃないだろっ!?)


 まだゴルドーが人の姿をしているからか、ユーキは全力で剣を振るえていないことに気付く。咄嗟に剣を抜くことも降ることもできたが、自分たちの命を守るためとはいえ、本当に殺してしまっていいのか。殺人とは無縁の世界で生きて来たが故の倫理観が、目の前に立ち塞がっていた。


 歯噛みするユーキの後ろで、マリーとサクラが驚愕の声を上げる。



「おいおいおい、なんだありゃ!?」


「あれは、なんですか!? ユーキさん!?」



 押しのけられて前を見れば、剣を抜き放つユーキと異常な動きを見せる人間のような何かがいるのだ。その疑問も当然だろう。


 ユーキは緊張からか、たった一振りで呼吸が裂くなり、肩を上下させてしまう。



(俺が、あれを――――あの人を殺せるのか?)



 既に化け物となってしまったとはいえ、元は人間。それを相手に自分は殺せるのかと何度も己に問いかける。


 外壁門で襲われた時のグールの力は相当なものだった。恐らく、殺す気で戦ってもグールに勝てるかはわからない。力だけならば圧倒的に不利だろう。


 だが、ユーキの後ろにはサクラたちがいる。戦わなければ、彼女たちも犠牲になってしまうのは明らかだ。


 ユーキは自らを奮い立たせるためにも、何とか大声で言い放った。



「あいつはグール化したゴルドー男爵だ! 三人とも逃げろ! 時間は稼ぐ! どこのギルドでもいいから連絡を取るんだ!  急げ!」


「……グール!?」



 数秒間、硬直していた三人の中で真っ先に我に返ったのはマリーだった。マリーは倒れこんだサクラを何とか起き上がらせ、食堂の方に走る。


 ユーキの大声に反応したゴルドーが、先ほどよりも早く突撃する。その姿は、さながら獲物を狩る肉食獣のようだ。


 対してユーキは力負けしないように腰だめに剣を構え、一気に振り抜かんと加速させた。



 ――――ゴッ!



 右下から左上に切り上げた剣は、鈍い音と共にユーキの手に衝撃を跳ね返して来た。それはすなわち、攻撃を防がれたことの証だった。見ればユーキの剣はゴルドーの左手によって阻まれている。その事実をユーキが認識すると同時に、ゴルドーの空いていた右手が高速で迫ってきた。



「――オラァッ!!」



 そのままユーキは剣を振り抜き、体を逸らす。目標を失ったゴルドーの右手は剣の腹に突き刺さった。甲高い音が手元から伝わると同時に、ユーキは数メートルも後方に吹き飛ばされる。だが、ゴルドーも同様に剣の振り抜きに打ち抜かれ、逆方向に転がった。



「きゃぁっ!?」

「「サクラ!」」



 そんな中でサクラの悲鳴とマリー、アイリスの叫び声が響いた。ユーキが視線だけ向けると、石畳に足を取られてサクラが転んでいた。


 ゴルドーは攻撃を加えたユーキには目もくれず、反撃できない弱者――サクラの方に体を向けた。



「やめろおおおおおお!」



 ユーキは尻もちをついたまま罅の入った剣をゴルドーに向けて投げつける。その剣は回転しながら弧を描き、ゴルドーの目の前を掠めていった。仮に当たっていたとしても、ゴルドーにはほとんどダメージを与えられなかったが、ユーキは少しでも時間が稼げればいいと思っていた。



(あと武器として使えそうなのは、採取用のナイフくらい――!?)



 それすらもゴルドーを怯ませることができたのは、一秒に満たない時間だった。ユーキがすぐに動けないのを知ってか知らずか。ゴルドーはサクラの元へと一足飛びに跳躍する。


 ユーキの脳裏に浮かぶのは、あの薄汚い塊がサクラの喉に喰らいつく姿だった。白い肌を爪と牙が引きちぎり、赤い鮮血が噴水のように吹き上がる。恐怖に染まったサクラの瞳から光が失われ、両の手が力なく垂れさがる。そんな絶望的な未来を想像し、心臓が締め付けられて呼吸が浅くなっていく。


 息を飲むユーキの目の前で、跳躍して空中にあったゴルドーの体にいくつもの傷が刻まれ、紅蓮の炎が振り上げた腕を弾き飛ばす。それはマリーとアイリスが放った魔法だった。しかし、サクラが間にいるためか、強力な魔法が放てなかったようだ。


 ゴルドーは炎の爆発で地面に叩き落されるが、動きは鈍ることなく地面を這い、魔法を掻い潜っていく。気付けばその体は再び空中に躍り出て、サクラへと向かっていた。


 スローモーションのように時間が過ぎる中で、ユーキは歯を食いしばる。



(俺に、もっと力があれば……)



 そんな声に呼応するかのように、頭の中にルーカス学園長の言葉が過ぎった。



 ――君の扱う魔法、必要と思ったなら迷うことなく使いなさい。



 その瞬間、頭の中が一気にクリアになる。頭の片隅で撃鉄の上がる音が響いた。


 サクラの流した魔力とは異なった体中を熱い液体が駆け巡る感覚――足から腹へ、腹から胸へ、胸から背中へ、背中から肩へ、肩から腕へ、腕から手へ、手から指先へ。


 一連の流れがゆったりとではなく、高速で淀みなく行われる。


 体中が焼け付くように熱を発していた。まるで鍛冶の炉の中に放り込まれたように皮膚を焦がし、赤く燃え滾る鉄をすべての血管に突っ込まれているかのような熱さ。


 喉が渇き、全身が沸騰する感覚に包まれる。それでいて、熱さを感じれば感じるほどに頭の中は、王都を流れる水の如く澄み渡っていく。


 その感覚をものともせず、ユーキは右手を上げる。親指と人差し指を互いに垂直に立てて、それ以外の指を握りこむ。それは手で作った銃の形だ。


 人差し指の向かう先は唯一つ――あの黒く醜い獣以外ほかにない。



(覚悟は決めた。アイツを――撃ち殺す!)



 魔眼を通してわかる魔力の奔流。指先には己から注ぎ込まれた青紫のオドと大気の無色のマナが合わさり、時計回りに渦を巻いて収束していた。既に渦巻く速さは、さながら竜巻の如く。その球の大きさは拳ほどの大きさにもなりつつある。そして何よりも、今までに見たことがないほどの輝きを放っていた。


 銀の指輪が燃える炎のような感覚の中、氷のように驚くほど冷たく感じる。皮膚を、骨を通して、かすかに共鳴をしているような甲高い音が伝わって来た。



 ――――これは当たる。



 何の根拠もない確信が胸を満たす。


 グールを前に怯えたサクラの声が耳に届いた。その声に応えるようにユーキは呟く(詠唱する)



「――――穿て、ガンド(死の一撃)!」





 噴水から何者かが向かって来た時、最初にサクラが感じたのは背後から何かがぶつかる衝撃。次の瞬間には、ユーキの説明を理解できないままマリーに腕を引かれて駆け出していた。



 ――ユーキさんを置いていけない。



 そんな言葉が口に出る前に足が動いてしまっていた。しかし、体は言うことを聞かず、石畳に躓いてしまう。



「「サクラ!」」



 マリーとアイリスの叫ぶ声が響く。背後からは異形のものが唸る声。


 振り返れば、そこには自分を見る悍ましい顔。涎を垂らし、眼孔がへこみ、焦点すらあっていない。到底、まともな人間には見えない外見。


 ユーキが叫んで剣を投げるも、相手は回避して躊躇うことなくサクラへと跳躍する。


 マリーとアイリスの魔法が頭の上を掠めていった。ゴルドーを僅かに後退させることに成功するが、すぐに体勢を立て直して、再びサクラへと跳び掛かる。目の前に迫る大きな口を前にサクラはなりふり構わずにあらん限りの力を籠めて叫んだ。



「――誰か助けてっ!」



 その叫びの直後、空気を切り裂く甲高い音が響く。


 マリーたちが放った火球の爆発とは比べ物にならない鋭い音。それと同時に目の前にいた存在は忽然と姿を消す。


 その瞬間、サクラは――とても綺麗な閃光の軌跡を見た気がした。闇夜を切り裂く、流れ星のような青い光を。

【読者の皆様へのお願い】

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 今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。

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