虚実Ⅱ
階段の最後の段を昇り終え、ユーキは膝に手を置いた。
「なっが……」
「そう、だね」
フェイも軽く肩を揺らして息をする。軽装とはいえ、女子たちも流石に七階分を一気に駆け上るのにはお手上げのようで、地面へと座り込んでしまった。
陸上競技場のフロアを一周して階段を上がるを六度繰り返す。それを駆け足とはいえ、連続で行えば疲れるのも当然だろう。流石の身体強化でも素の能力を底上げこそできるが、無限の体力を提供してくれるわけではない。ふくらはぎに疲労は溜まり、パンパンになって悲鳴を上げている。
「昔は初見でダンジョンクリアって、頑張ればできると思ってたけど、ダンジョンの構造を知らないって、こんなにキツイのか」
「私……ちょっと限界かも……」
「おうち帰りたい」
完全にダウンしてしまっている三人の後ろに敵の姿は見えない。骸骨兵士も存在はしているのだが、どうにもユーキたちを追うことに、それほど執着がないようである。
『みなさん。元気出してください』
ウンディーネの声が響くと、皮膚の表面を冷涼な風が吹き抜けた。そのまま、中へと染み込んでいくと不思議と疲れが抜けていく。
「簡単な治癒魔法ですが、調子はどうですか?」
「最高だぜ。まだ走れる余裕があるな。まぁ、走りたくないけどさ」
マリーが勢い良く立ち上がろうとして、そのまま、地面へと座り直す。足を投げ出して、足首から先を左右にゆらゆらと揺らしながら、フェイの方を見上げた。
「それで? この景色だけど、我らの騎士団長様はどうお考えかな?」
「あまり収穫はなかったみたいだね」
フェイの見下ろす先には、予想通り闘技場としての空間が存在していた。
しかし、その中央の空間には何も存在せず、ただの地面と四方の壁から出てくるための入退場口があるだけだった。観客席のような闘技場をぐるりと囲う所にも別段変わった所はなく、ユーキたち以外に人どころか生物の気配すらない。
「惜しいな。この中央に囚われている人がいるなら、それを監視するやつから情報を聞き出したり、あわよくば黒幕の存在を探ることもできたんだけどな」
フェイの言葉に、ふとユーキはローマの闘技場を思い出す。細部こそ違うが、確か闘技場では剣闘士の養成場や猛獣を入れる地下通路が存在していた。ユーキの視線は闘技場の地上部分、その四方の暗いトンネルへと向けられる。
「人を閉じ込めるなら、まずは檻か牢獄だな」
「何のことだ?」
「ここが俺の知っているタイプの闘技場なら人が通る通路や猛獣を閉じ込めておく檻があるはずだ。そこを人間に使わせるというのはあり得るかなって、思ってさ」
「つまり、他の人は捕まっていて動けないってこと?」
アイリスの言葉にユーキは頷く。ユーキの視線を追って、サクラも地上へと眼を向けた。
「じゃあ、あの先に学園のみんなが……」
一人一人、ゆっくりと足に力を入れて立ち上がる。そして、その足は気付かぬうちに観客席の階段を降り始めていた。
「なるほどね。入口じゃなくて、出口側から侵入するっていうのは考えなかったぜ。まさか正面じゃなくて背後から襲われるとは、相手も考えてないだろしな」
水を軽く飲んで革袋へと水筒をしまい込むと、マリーは楽しそうに笑った。普段の、悪戯心に火が付いたのに加えて、手加減をしなくてもいいと考えたのか、なかなか悪い顔をしている。
「いや、あまり油断はしない方がいい。闘技場の構造は敵も把握しているはず。そうであれば、逆に不意打ちを食らう可能性だってある。信じ込みたい時ほど疑わないと。まぁ、僕もそういいながら実践できているかと問われれば、微妙だけどさ」
フェイが苦笑しながら剣の横腹をなぞって損傷がないか確認する。そのまま、剣を両手に握り込むと観戦席の最下段から地上を覗き込んだ。
「ここから飛び降りるのか」
「まずは僕がいく。何もなかったらマリー、アイリス、サクラ、ユーキの順で降りてきてくれ。ユーキ、これくらいの高さならいけるよな?」
「た、多分」
一応、地上までは五メートルほどはある。荷物を抱えた状態で飛び降りれば、確実に膝を中心に足がダメになるだろう。身体強化は使えるが、それよりも恐怖心の方が高いのは否定できなかった。
フェイが飛び降りると数秒で四つの内の一つのトンネルへと辿り着き、中を確認することができた。それを繰り返してフェイが片手で安全であること伝える。それを見て、ユーキ以外は次々に地上へと猫のように降り立っていく。
余談であるが、ユーキが地上に足を付いたのは五分後であった。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




