虚実Ⅰ
ゆっくりと追いかけてくる骸骨兵士から、駆け足で逃げ続けると再び三叉路にぶつかった。地下に潜る階段を見つけてからケヴィンは、それ以上地下に進む階段を見つけられずに三叉路を何度も進み続けていた。何個か少ない持ち物を落として目印にするが、いずれの三叉路も新しいもので途方に暮れていた。
「やっぱり、一筋縄ではいかないか」
追いかけられる中、それでも心が折れないのは、トレントに追いかけられた時ほど恐ろしくはないのが理由だ。突然の出現には驚いて泣き言を言ってしまったが、一度決意を固めてしまえば恐れるに足らず、とまではいかないまでも立ち向かう覚悟はできている。
もしもここに、アンドレがいたら褒めるだろうし、ジェットがいたら揶揄ってくるだろう。いつも前線で体を張ってるクレイは目を見開いて驚愕したに違いない。頭の中でパーティのメンバーを想像していると自然と笑顔になった。
「次は、右に行ってみよう」
ケヴィンは壁にかけられた燃え尽きることのない松明の灯りを頼りに、さらに奥へと向かっていく。時折、曲がりくねったり、何度も出くわす三叉路にどちらの方角を向いているのかわからなくなるが、それでもケヴィンは進み続けた。
やがて、何度目ともわからぬ三叉路に出くわして、革袋から次の目印を落とそうと探っていると前方から物音が聞こえてきた。
「っ!?」
慌ててメイスを肩まで持ち上げて担ぎ、いつでも振り下ろせるように構える。それと同時に小さく、詠唱を始めた。
右前方から松明に照らされて浮かび上がった影が目の前を通り過ぎる。ゆらゆらと揺れて、その輪郭がはっきりとしないが、少なくとも、骸骨ではないことは明白だった。
緊張で足が震えそうになるが、ケヴィンはメイスを握る手に力を入れると思いっきり振り上げた。
「うおっ!?」
振り下ろしたメイスが放った音は、肉をつぶす音でもなければ、骨を砕く音でもなかった。鈍い金属音を響かせて、両刃の剣に阻まれている。尤も、剣自体も無事では済まず、傷が大きく刻まれる。
間一髪、攻撃を防いだ影はその場から思いっきり飛び退り間合いを取る。構え直した剣越しにケヴィンの顔を見ると、驚愕の声を漏らした。
「ケヴィン! 生きてたのか!」
こめかみあたりから血を流していたアンドレの姿がケヴィンにも確認できた。アンドレは剣を下ろし、片手に剣を持ち替えて、ゆっくりと近寄ってくる。
「ここにいるということは脱出は失敗だったか。だが、生きているならば、何度でもやり直せる。一緒に――――」
「――――『一振りの刃なり』」
「――――!?」
空いた片手をケヴィンへと差し出すと同時に、ケヴィンのメイスから風の魔法が放たれた。完全に無防備だったアンドレの腹に魔法が直撃する。そのまま、数メートル吹き飛び、地面へと叩きつけられた。鎧を着ていたおかげか切断されることはなかったが、金属の鎧に薄く一本の線が刻まれる。
体を片手で起き上がらせると、怒りの表情でケヴィンを睨みつけた。
「ケヴィン。冗談でもやっていいことと悪いことがあるぞ!」
「冗談? アンドレ。それはこっちのセリフだよ。君こそ冗談は休み休み言ってほしい。こんな所で再会した君を一方的に信じられるはずがないだろう」
ケヴィンはメイスを構えたまま、さらに距離を開ける。
「僕の知っているアンドレだったら、絶対に僕を攻撃してきたはずだ。少なくとも、構えを解いて近づくなんてことはしない。僕の信頼を得たいという、お前の本心が透けて見えているぞ」
「……なるほど、臆病者だと思っていたが、こいつの思っていた通り、存外に切れ者だったか」
これで少なくともアンドレの偽物であることは確定した。偽アンドレも隠すつもりは毛頭なかったようで、すぐに本性を現してアンドレの顔が醜く歪む。
しかし、完全に立ち上がろうとするところに、ケヴィンは水の魔法を放った。
「風魔法以外が苦手なお前の魔法なんぞっ!?」
「どうしたんだい? 続きを話してくれよ」
水の魔法を剣で薙ぎ払った偽アンドレは、自分の顔の周りを水の玉によって包み込まれていることに気付いて表情を強張らせる。
「確かに僕は水魔法が苦手だと言ったけど、それは攻撃魔法の規模が小さいだけなんだ。そもそも治癒魔法は水魔法と関りが深い。そんな僕が水の操作程度、軽くこなせなくてどうするんだ、って話はしたことがなかったよね。どこかの生徒会長ほどではないけどさ」
――――ま、聞こえてないだろうけど。
そう呟いて、自嘲気味にケヴィンはメイスを下ろす。
それと同時に偽アンドレの顔を覆っていた水が地面へと落ちた。
「ゴホッ……何の、つもりだっ!?」
「取引がしたい」
「なんだと……」
一瞬、聞き間違えたのかと思うくらい偽アンドレの表情は苦しさから一転、虚を突かれて呆然とした顔になった。
目の前のケヴィンはユーキたちと一緒にいた時とも、偽アンドレが持っている記憶にもない表情だった。
「僕も君たちの仲間に入れてくれないか?」
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