疲労困憊Ⅴ
ふと、気が付くと「いつもの暗闇」に立っていた。
「よお、また今日もお疲れだな」
何もない空間から声が響く。金属質なその声が心刀のものだと、すぐに理解できるほどに慣れてしまったことに勇輝は苦笑する。
「相変わらず律義に夢の中だけで、特訓させてくれるのはありがたいけどさ。何で、俺が起きてる時にはやらなくなったんだ?」
勇輝の心刀に限らず、全ての心刀は夢や幻で戦ったことがある敵を再現して、持ち主を鍛えることができる。心刀を作る前段階で、日中に幻を、夢の中では悪夢として襲われることが何度もあったが、刀の形をとってからは幻を見ることはほとんどなかった。
「それはお前が放っておいても強い奴と戦うことになるからだ。こっちとしちゃ、死なれたら困るからな。こうして、夢の中で鍛えるのがメインになるのは当たり前の話だろ」
「別にこっちから望んで戦ってるわけじゃないんだけどさ。ほら、いつも通り、敵を出してくれ。今日は誰だ?」
魔物だろうが、人間だろうが、ここではいくらでも命懸けの挑戦が出来る。夢の中とはいえ、体を動かしたり刀を握ったりする感覚は、現実レベルではっきりとしていた。
鯉口を切り、周囲への警戒を始める勇輝だったが、返ってきた答えは想定外のものだった。
「いや、今日はそんな気分じゃない。お前とゆっくり話したいことがあったんだ」
「何だよ。お前となら思念でも周りに気付かれずに会話できるだろ」
鞘から手を離し、声の聞える方に目を凝らす。暗闇の中に、ほんのりと違う黒色の輪郭がぼんやりと浮かんで見えた。
意外にも距離は近く十メートルほどの場所に、勇輝と同じ背丈、同じ体格の存在が佇んでいる。普段から「俺はお前だ」などという言葉通りに、声の主は勇輝と同じ姿をしていた。
「いや、たまにはこの姿で話すのもいいかと思ってな」
「……嫌な予感しかしないな。まぁ、ラドンと早速戦って見ろ、なんて言われることを予想していたけど、それに比べればマシか」
何かと戦って苦戦した日には、何をやっているんだと言わんばかりに夢の中で再戦させられる。そんなことを毎日繰り返していれば、わずかでも警戒心が生まれるのは仕方がないことだろう。
事実、近寄って来た勇輝の幻影――心刀の仮の体――の背後には、闇を切り裂いて紅蓮に燃えあがるラドンが現れた。思わずガンドを放とうとする勇輝だったが、その前に心刀が手を挙げて制する方が先だった。
「落ち着けよ。確かに、そんな反応をするように鍛えたのは俺だが、あくまでこいつは確認用だ」
心刀は振り返って、ラドンを見上げる。炎の翼を広げた姿はグロテスクな不死鳥と評することもできなくはない。舞い散る火の粉の雨を避けることなく、心刀は告げる。
「お前、何でこいつを切れなかった? 鬼骸のぶっとい骨は切断した癖に」
明らかに刀の長さよりも長い脚の骨。それ以外にも常識的に考えて刀では切断不可能と思われる物体を、心刀かそうでないか問わず切断した過去がある。
切れた理由は勇輝もわかっていない。ただ、切れるという確信があったという記憶だけは残っていた。
「切れるとは思えなかった。あと、その火の状態のラドンは切ったところで意味がないだろ」
水が切れないのと一緒だ。形が無い物は切ったように見えるだけで、その本質的な物は変化することなく存在し続ける。
しかし、心刀はその答えが不満だったようで、大きくため息をついた。首をわざとらしく横に大きく振った後、指を鳴らす。すると、ラドンの姿が消えて、元の闇が辺りを覆い尽くした。
「何だろうな。今まで意識せずに認識していたからこそ、一旦、ズレちまうと戻せなくなるのかもな」
「……もしかして、魔眼のことを言ってるのか?」
魔眼で見たものが切りやすくなる。その推測は勇輝自身も考えなかったわけではない。だが、心刀のいう認識のずれの影響なのか、ムラがあるのは事実だった。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




