疲労困憊Ⅰ
万が一に備え、いくつかの集団でロープ握り、レベッカのナイフ投擲で水晶玉を割った。
数秒で景色が森の中に変わり、地面に足がつく。
微妙に慣れ始めた浮遊感ではあるが、勇輝は表情を強張らせたまま、ロープを握る手とは逆の手で桜の手を握りしめていた。
「……助かったよ。完全に慣れるには飛行魔法クラスをいつでも使えるくらいの自信がないと無理そうだけどさ」
「流石に私も杖一本で飛んでる時は不安な部分があるから、水晶玉の転移はまた別なんじゃないかな?」
純粋に体験回数の違いだという桜の意見に、勇輝は肩を落とす。果たして、それまでにどれだけの恐怖を味わわなければならないのか、と。
『慣れたいなら、いつでも体験させてやるぞ?』
心刀が待っていましたとばかりに思念で語りかけてくる。
顔など存在しないはずなのに、勇輝には口裂け女並みに口の端を吊り上げて笑みを浮かべている姿が想像できた。
勇輝が体験したこと意外でも、夢や幻で見せられる能力がある。
恐らく、喜んで天の彼方から叩き落してくれることだろう。地面に剣山の如く、岩の槍が立ち並んだおまけ付きで。
「……ラドンの最期。攻撃の意思が感じられなかったけど、何だったんだろうね?」
「さあな。もしかすると、このダンジョンから出たかったとかかもしれないな」
魔物の中には、人間と同じように意思をもち、場合によっては人語を解する者もいる。
勇輝自身、ダンジョンの中にずっと閉じ込められている状態になったとしたら、間違いなく外に出たいという気持ちが芽生えたはずだ。
「面白いことを考えますね。でも、ダンジョンの氾濫のことを考えると、あながち間違ってもいないかもしれません」
ロープを回収し始めたキャロラインの背後から、アルトとソフィアが近づいてきた。
「ダンジョン内に魔物が多くなれば過ごしにくくなる。獣と同じように縄張り意識があることも確認されていることから、互いに争うのではなく、新たな土地を求めて――ということはあるかもしれませんね。それが本能から来るものか、思考から来るものか――はたまたダンジョンから強制されたものかは判別ができませんけと」
「いずれにしても、ラドンの存在は脅威でした。黒騎士隊だけでも、神殿騎士隊だけでも討伐は成し得なかったでしょう。枢機卿に至急、報告して対策を講じなければいけません」
無事にダンジョンの侵食を防ぐことに成功したものの、諸手を挙げて歓迎できる結果だったとは言い難い。
それはアルトとソフィアの表情からも容易に察することができた。
「バジリスク、ラドン。この二体だけでも、一斉に襲ってきたら、大抵の国は立ち直れないほどの壊滅的な損害を被っていたでしょう。早く勇者様の件を進めておきたいところです」
勇者と聖剣ならば対抗できるのではないか。
アルトがため息混じりに、そんな思いを吐露する。
果たして、勇者になることに苦言を呈していたマックスが、すんなりと聖剣を抜いてくれるとは思えない。
まだ、もう一波乱ありそうだという予感を勇輝も感じていた。
「ひとまず、俺たちは街に戻ったら、部屋で休んでいた方が良いですか?」
「えぇ、ラドンのこともあって、何が起こるかわかりません。不測の事態に備えて、待機していてくださると、こちらとしても助かります」
ソフィアは静かに頷く。
勇輝は副作用で倦怠感を感じていたが、同じ技を使っていたソフィアからは、そんな様子が微塵も感じられない。
改めて、上には上がいることを思い知らされた勇輝は、ロープを手放した手を強く握りしめた。
「隊長。全員の無事を確認しました」
「了解。行きと同様の陣形で街まで戻る。油断しないように」
「はっ!」
一瞬で隊長の顔に戻ったソフィアは、再度、表情を緩め、勇輝たちに先へ進むよう道を譲った。
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