真の姿Ⅸ
広げられた翼が枯れた植物のように力なく下がり、次に足から崩れ落ちる。そして、最後に岩の槍へもたれかかるようにして、ラドンは息絶えた。
直後、体が徐々に膨張していく。それが何を意味するか理解していた勇輝は顔を蒼褪めさせる。
「大丈夫。魔力が爆発しても耐えて見せるから! ソフィアさん、周りの人は!?」
「目視で確認した。既に闘技場の向こう側だ!」
「それなら、後は盾を作るだけですね!」
桜が杖を地面に向け、上空に向かって振り上げる。それと同時に、ラドンの体が一際大きく膨らんで――弾け飛んだ。
ラドンの中に溜め込まれた魔力と共に迫り来る爆風。それは四方八方に広がり、まさに巨大な爆弾が炸裂したも同然だった。しかし、それが勇輝たちに直撃することはなかった。桜が遅延して発動させた巨大な岩の槍が、勇輝たちの目の前に盾として出現したからだ。
岩の壁に寄りかかり、桜はほっとした表情を浮かべる。
「……すごいですね。これほどの威力の魔力の奔流が来るとは思ってなかったでしょう? それを止める自信があったなんて」
「炎ならいざ知らず、魔力の爆発なら物体として存在している岩に、魔力を流して強度を上げた方が強いはずですから。もちろん、勇輝さんのガンドだと防げる気がしないんだけど」
「でも、勇輝さんの魔法と拮抗する威力のブレスでした。アレをまだ吐き続けられるほどの膨大な魔力となれば、相当な衝撃になっているはずです。実際に、見てください。この岩の周囲の地面は抉れ、観客席も一部が砕け散っているじゃないですか」
アルトの言う通り、罅割れどころか、場所によっては地面同様にごっそりと抉り取られている。まともに正面から受けていたら、身体強化に優れ、かつ、丈夫な鎧を着こんでいるソフィアでも大怪我をしていたに違いない。
「桜。こういうのは悪いとは思うんだけど、どうやったら、あんな爆発を防げるんだ? 俺も防げないと思って、ガンドをじゅんびしていたところだったんだぞ」
今は魔力制御を全開にした影響で副作用が出始めているので魔力を止めているが、あのままだったらならば否が応でも迎え撃つ必要があった。
それを桜は目を逸らしながら、杖を撫でる。
「その、ね。戦闘がいつ起きても良いように、魔力を予め籠めながらダンジョンを歩いていたの。それで石礫とかはなった時も、その魔力を使い切っていなかったから、それを全部つぎ込んだら防げるなって予感があって」
「……もしかして、その勘が外れてたら、あの世行きだった?」
「でも、あの状態から助かる方法はこれくらいしかなかったんだもん。それに勇輝さんだって似たようなことをしたことあるでしょ?」
「うっ、それを言われると何も言えないな……」
新調した桜の杖は、確かに設計者曰く、魔力を溜め込む量が多いと言っていた。まさか、それが長時間保持出来て、魔法の威力や強度を想像以上に底上げできていたとは勇輝も気付かなかった。
「うーん。とりあえず、結果的に上手くいったので良しにしませんか? アルト様もソフィア隊長も無事でしたし、私もしっかり助かってますから」
キャロラインが同意を求めるように神殿騎士の男に視線を送ると、彼もまた複雑な表情をしながらも頷いた。
「……我々だけでは全滅していたかもしれない。その意味では、貴殿らの協力に感謝する。見事な魔法だった」
直立不動で応える神殿騎士にキャロラインは、何とも言えない表情を浮かべる。そんな中、アルトが疑問を呈した。
「恐らく、ここが最下層で、先程の魔物が階層ボスだったように思われます。後は、このダンジョンの最深部にあるとされる水晶を破壊すればいいはずですが、それはどこにあるのでしょうか?」
「確か、階層ボスを倒すと現れたり、道が開けたりすると聞いたことがありますね」
巻き上がる砂埃が風で流れて来て咽そうになる。ソフィアが手を口の前で振って、周囲を見渡していたので、それに釣られて勇輝もそれらしき物を探すのだが、なかなか見つからない。
「もしかして、闘技場の中心とかはどうでしょう? 今、岩の槍をどけますね」
桜が岩の槍を崩し始める。ボロボロと表面が剥がれ落ちて来たかと思うと、次の瞬間には粉々になって地面に山を作った。
そして、その先に広がっていた光景に誰もが自身の目を疑った。
「嘘、だろ……!?」
そこにラドンの亡骸は存在していなかった。代わりに最初に出会った姿――ただし、尾から口先まで全てが紅蓮の炎で構成されたラドンがじっと佇んでいた。
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