進撃Ⅱ
フェイに殴られた腹を擦りながら、ユーキは階段を上がる。殴られたのは痛かったが、それよりも脇腹の痛みがどこかに消えてしまっていたことの方が気になった。ウンディーネに聞いても、「いくら精霊でもそんな効果は出せない」と一蹴されてしまう。そうなるとサクラの魔法という線が濃厚になるのだが、どう考えても魔法とは言い難かった。
「あれ?」
「どうしたんだ?」
「いや、今まで登ってきた階段と何か違うなって……」
ケヴィンが近くの壁を触りながら首を傾げた。尋ねたフェイも壁を触ったりするが、わかるはずもなくケヴィンへと視線を向ける。
「ずっと上ってきたからわかるんだ。ここの階段は今までのと違う。段差の大きさ、道幅、ずっと一緒だったのに、ここだけが全部違う」
ケヴィンは手を広げると、実際の階段の幅を示した。本当ならば、もっと広く、段差は低くなっているのだ、と。
「そういえば、前に来た時より上りにくい気がする」
一番背が低いアイリスがケヴィンの言葉に賛同すると、他のメンバーも次第に思うところがあったのか、ぽつぽつと違和感を話し始めた。
「確かフランさんを二人で運んでたから、横幅は三人分より少し広いくらい、かな?」
「でも、ここじゃ精々二人が限界じゃないか。ケヴィンの手を広げただけで、もう届きそうなくらいだぜ」
「天井はもっと高かったかな。階段を上がる時に、万が一、襲われた時のことを考えていたから、よく覚えているよ。確か剣を振り上げても全然余裕があったけど、ここではちょっとジャンプすると届きそうだ」
聞こえてくるワードを整理していくと、ユーキはどこかで似た状況を聞いたことがあるような気持ちになった。それは、この世界に来るよりも前。それこそ、本当に小学生や中学生だった頃に聞いた気がしていた。頭の奥底にしまい込んだ記憶を掘り起こそうとしていると、最後のキーワードが胸元から突き刺さった。
『まるで来てほしくない、とでも言っているみたいですね。私だったら水でも上から流し込むだけで追い返せます』
思念を飛ばして来たウンディーネの言葉に、ユーキは息を飲む。もしここにユーキたちが来ることが事前に知られていたら――――或いは敵が攻めてくることを前提に仕掛けられていたら、間違いなくここで総攻撃をくらうだろう。
武器を振り回しにくく、大人数が一度に移動できず、しかも一人でも移動しづらい。まるで城攻めでもしている気分になる。
「ここで上から攻撃を仕掛けられたら、どうする?」
「それは――――」
言葉に詰まったフェイは口を塞いで、耳を澄ませた。その動作に全員が黙ると上の階からは時折、大きな音が響く音が聞こえる。ただ、それは誰かが攻めてきたり、魔法が放たれたりするものではなかった。
十秒ほど黙った後、フェイは手招きでみんなを集めると声を潜ませて告げた。円形になった人の輪の中で、微かな声で呼びかける。
「ここからは静かに行動だ。できれば敵との戦闘も避けた方がいいかもしれない」
「なんでだよ。敵が来たらぶっ飛ばせばいいだろ」
「ここが敵の本拠地だったらどうする。万が一、間違って最終階層に辿り着いていたとしたら?」
フェイの言っていることは少しばかり突拍子もない話だったが、あながち的外れではないかもしれないとユーキは思っていた。それこそ、最下層から別の所に上る階層が合っても不思議ではない。或いは、このダンジョンをおかしくした元凶となった者がいる可能性は十分あり得る。
その点に関してはケヴィンが大きく頷いて、フェイの後の続いた。
「もし、この騒動を引き起こした奴が人間だったら、絶対に安全なところで高みの見物を決め込むはず。それならば、この造りも納得がいく。もしかしたら、捕まっている人がここにいるかもしれない」
「希望的観測ばかり。でも、私もその可能性が高いと思う、よ」
「まずは音を立てないように偵察。やむなく戦闘する場合は、僕たちの近接武器での一撃か、ユーキのガンド。みんなの風魔法でできるだけ音を立てないように、かつ素早く仕留めることが必要になる。そこはいいね」
フェイの言葉に頷くと、ケヴィンは拳を突き出した。不思議そうに見つめる全員に、ケヴィンは照れ臭そうに頭をかいた。
「うちの家に伝わる迷信というか、願掛けなんだけど。どうしても失敗できないときには、こうやってみんなで拳を突き出してぶつけるんだ。よく、うちのパーティでもやってたから癖でさ」
「いいじゃん、そういうの。やれることは迷信だろうがお祈りだろうがやっておこうぜ」
マリーが拳を突き出すと次々に拳が円の中央に集まる。
「えーと、合図は誰が出すのかな?」
「そうだね。ここは一応言い出したケヴィン氏に」
「ぼ、ぼくでいいのかい? え、えーと、全員、無事に救出するぞ」
「「「「「おー!」」」」」
小さい掛け声がかかると、ユーキとフェイは真っ先に上の階へと進み始めた。最大限の注意を払い、足音は最小限にしながら、警戒を怠らずに行くと大きな扉が待ち構えていた。
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