死の舞踏Ⅴ
結局、宿に戻った後もユーキは不安で一睡もできずにいた。瞼の裏には、アラバスター商会で見かけた男が何度も映る。
もしも、アレが本当にグールだったら――。
そんな、もしもの未来を思い浮かべ、何度も寝返りを打った。果たして、自分は剣を抜くことができたか。自分の命を顧みず、サクラとマリーを庇い、立ち向かうことができたのか。「その男を殺すことができたのか」を何度も自問自答する。
意識が落ちかけても、少しの物音で目を覚ます。気付けば陽が昇っており、気怠さの残る体を無理矢理起こした。
今日は土曜日、本当ならば毒草刈りをしていたはずなのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
一晩中、グールへの対策を考え抜いた末に何もいい案は浮かばず、せめて知り合いのいる場所に行こうと魔法学園に足を運ぶことにする。
「まぁ、魔法学園に攻め込んで来たら、攻撃魔法で袋叩きに遭うよな。普通は……」
そう呟いて、学園の門を潜り抜ける。相変わらずガーゴイルは動かないが、初めて会った奴だけは、やたらとしゃべりかけてくる。
「オー、今日モ、草ムシリカー?」
「いや、今日は見回りだよ。必要ないと思うけどね」
手を振って、ユーキは別れを告げる。
「カカカカ、今日ハ、ヤナ風ダ。学園ノナカ、オレノ仲間タチガイナクナッテテ、スグニ助ケラレナイカラ、キヲツケナー」
「――あぁ、そうするよ」
初めて訪れた薬草地帯や先日の毒草地帯、食堂に射撃訓練場――どこを回っても生徒が数人いるだけで何も見つからない。ユーキは来た道を引き返し、いつも採取の合間に休む城の日陰に腰を下ろした。
「あぁ、ちくしょう。しっかり寝ておけばよかった。心臓がバクバクする」
石の壁に寄りかかると同時に睡魔が襲ってくる。きっと、ここでゴルドーが現れたら、抵抗できずに死んでしまうだろう、と思っていると――
「とーう!」
「うぶっ!?」
アイリスの得意な――本人が非常に気に入ったらしい――人間ミサイルがユーキの腹にぶち込まれた。頭と城壁に挟まれた衝撃は、今のユーキには相当効いたようで、意識が闇の中に落ちていく。
「ていっ!」
「ふぐっ!?」
だが、追撃によって、それは妨害された。アイリスがそのまま脇腹に両手の人差し指を突き入れたせいだ。体をビクッと震わせて、奇声を上げる。事情を知らぬ者が見れば、少女を抱えたまま奇声を上げて、息を荒げるHENTAI認定されかねない。
「おー、アイリス。新技成功したなー」
「もう、アイリスちゃん。それ以上はユーキさんも怒っちゃうよ!」
上から声がかかり、ユーキはわずかに瞼を上げて見上げる。そこにはマリーとサクラがユーキを覗き込むようにして立っていた。よく見れば、今日は抱えるアイリス含めて三人とも私服姿だ。サクラが半袖の白いワンピース。マリーがYシャツにスラックス。アイリスは若干ロリータ系の服でフリルがついたものを着ている。
「いや、もう慣れたよ。だからってしていいわけじゃないけど……」
アイリスを立たせて返事をする。そして三人を見上げながら、ユーキは目を細めたまま、彼女たちをじっと見つめた。どうも彼女たちがいつも以上に眩しく見える。
立ち上がりながら、こういう時には服について何か言わなければならない、とユーキは思案する。誰か一人を褒めるわけにもいかないし、言わずにいるのは失礼だ。
「私服を見るのは初めてだ。よく似合ってるよ。それぞれのらしさが出てて、ね」
そう言われて、マリーは当然という顔。サクラは顔を赤らめ、アイリスは嬉しそうにスカートを揺する。
こういう反応も少女たちの「らしさ」が出ていると感じていた矢先、ユーキの視界が一瞬歪んだ。膝から力が抜けて倒れそうになるが、ちょうど、サクラとマリーの間だったため、二人が受け止めてくれる。
「だ、大丈夫ですか?」
サクラが慌てた様子でユーキに問いかける。その横から少女とは思えない力で体を起こされた。すぐにマリーが顔を覗き込む。
「――お前、あんまり寝てないだろ。隈が出来てるぞ」
ユーキは誤魔化そうとしたが、実際に眠いし、隈もあると知られては言い逃れできそうにないので、顔だけ縦に振った。
「まったく、こんなところで寝たら、夏とはいえ風邪ひくぞ。しょうがねえ、あたしの部屋に――あー……」
途中まで言って、マリーはばつが悪そうに言い淀む。彼女にしては珍しい困り方だ。若干、頬が赤く染まっているのは、部屋にやましい何かがあるからだろうか。
「ごめん、サクラの部屋に連れていくってことでいいか? ほら、あたしの部屋ってアレだろ?」
「もう、メイドさんはいないんだから、片付けくらいしないと!」
隣にいたサクラにマリーが懇願すると、サクラは呆れた顔をしていた。どうやら、マリーは部屋を片付けるのが苦手らしい。
苦笑いするマリーにユーキは肩を貸してもらい、サクラの部屋に運び込まれることとなった。
一方、冒険者ギルドの大ホールでは、何人かの高ランク冒険者たちが唸っていた。
「幸い、グール化した民間人は出ていないようだ」
「そしてゴルドーの姿も……な」
あらゆる路地裏を手あたり次第に捜索したが、結果は芳しくなく何も見つからない。騎士団からも何も連絡は入らず、八方塞がりの状況だ。
「もうすぐ丸一日経つ。このまま夜になると、ここからは相手が動きやすくなる時間だ。昨夜は大丈夫だったが、今夜も安全とは限らないぞ」
一人の剣士が窓の外を見て呟く。グールは体の劣化が激しく、日光や気温の高い場所では急速にその劣化を早める。だからこそ、肉を喰らって少しでも体を維持しようとする習性があった。
ギルド職員のコルンも眉をひそめて、地図を見渡す。魔法使いたちが空を飛んで捜索したが、上空からの視点でも怪しい姿は見えなかったらしい。そんなことを地図を眺めながら考えていると、ある一つのマークが目についた。
そのマークを通り過ぎようとして、また戻る。コルンの目が見開かれると同時に、冷や汗が出始めた。
視線はすぐに王都の外壁門である南門の近くへと移る。そして、何を思ったのか、コルンは踵を返すと奥の資料庫へと駆け込んだ。途中、大柄な男にぶつかったような気がしたが、些細なことだと言わんばかりに次の部屋へと滑り込み、「ある資料」を戸棚から引っ張り出す。
先ほどの地図で見たように南門に目を向けると、先ほどの地図には全く載っていない道が書かれていた。いや、それは到底、道と呼べるものではなかった。
そのまま、その道の最短距離で一番人が大勢いる施設を探していくと、ある一ヶ所でコルンの指が止まる。
「ここが襲われたら――――最悪です!」
即座に彼女は、その資料を持って部屋を出る。同時に、慌ただしく冒険者たちがホールから出ていく音が響いた。
「ん……?」
鈍い頭痛が走る。頭を少しもぞもぞ動かしながら、ユーキは体を起こした。
働かない頭を動かすためにも深く息を吸うと、いつか嗅いだ花のいい香りが肺を満たす。
「目が覚めましたか? ユーキさん」
そういうと円形の机の周りで、マリーたちと話をしていたらしいサクラが駆け寄ってくる。
「あぁ、ごめん。これからはしっかり寝ることにするよ」
そこまで言って、動きが止まる。そう、ユーキはサクラの部屋に運ばれて、彼女のベッドに寝ていたのだ。頭の中に過ぎるのは、魔力を通した時のあの感覚。
異性のベッドに寝ていた事実もそうだが、何よりも魔力を通された快感やサクラの吐息を思い出したことで、ユーキは顔が熱くなるのを感じた。
「悪い。すぐにどく」
「あ、急に動いたらあぶ……きゃぁ!?」
急いでベッドから起きようとしたユーキと、止めようと動いたサクラの足がもつれる。結果として、ユーキがサクラを押し倒してしまう形になった。運よく、ユーキの手がサクラの頭を庇うことに成功したが、その体勢のまま二人は固まってしまう。超至近距離で交わる視線、肌で感じてしまうほど近い吐息、どちらも目を逸らさず見つめていると――
「あー、一応、あたしらもいるんですけどー」
苦笑いした顔でマリーが話しかけた瞬間、二人同時に飛び起きる。マリーが顔を扇ぎながらユーキとサクラを交互に見て、にやつき始めた。その横でアイリスは、我関せずと言わんばかりにのんびりとしている。
「いやー、なんだ。とりあえずユーキが目を覚ますの待ってたら、もう夕方になっちまった。正直、今の二人の姿でおなか一杯――と言いたんだけどさぁ」
ユーキとしては反論できる状況にないため、さっさと交換条件を出す。幸いにも、ポケットにはギルドに戻していない銀貨がまだ残っていた。
「あぁ、この前の食堂に行こう。今日は迷惑をかけたから俺が奢るよ。ただし、常識的な範囲で注文してくれ」
その言葉を聞いた瞬間、アイリスがものすごい勢いで椅子から扉まで移動する。
「早く、行く!」
新しいおもちゃを買ってもらえる子供のような姿に、三人とも顔を見合わせた後、誰からともなく大笑いする。
アイリスだけが首を傾げて、ユーキたちの顔を順番に見ていた。
「おーし、いっぱい食べるか。行こう」
そのまま寮を出て中央の噴水がある広場を通り、食堂に向かう。
同じようなことを考えている生徒も多いようで、ユーキたちと同じ方向に歩く姿がちらほら見られた。逆に、既に食事を終えた生徒ともすれ違うのだが、一部の男子生徒からは突き刺さるような視線を受けたり、「爆発しろ」などという呟き声が飛んでくる。ユーキは苦笑いしながら、相手にせずやり過ごす。
傍から見れば女の子三人を侍らして歩いてるハーレム野郎だ。青春を謳歌する男子にとってみれば目の敵にしたくなる理由もわかる。
食堂に入っても、似たような視線にさらされたが、気にせずユーキは席に座った。メニューを一通り見た後、各々で注文する。ユーキとサクラは「元気もりもり焼き魚定食」。アイリスは「あつあつグラタン」と「本日の選べるデザートを両方」。マリーは「パワフル牛肉定食」だ。
「この微妙なネーミングセンスはいったい何なんだ。いや、周りの料理みるとすごい美味しそうなのはわかるんだけどさ……」
「いやぁ、ここの食堂さ。噂によるとあの王様がいる城に勤めてる料理人が料理長試験として、ここに送り込まれてるって話でさ。めちゃくちゃ美味いんだよな」
笑顔になるマリーの横で、アイリスがボソッと呟く。
「ただ、ネーミングセンスはあまりない」
後ろに座っていた人が咽る声が聞こえた。ユーキは聞かなかった振りをして、目の前の水を飲む。
水の都というだけあって、飲み水も安心して飲めるところが、日本人としてユーキが助かったところだ。国によってはホテルで水を飲んだら腹を壊したという話も、ユーキがいた世界では耳にしたことがある。
「さすが、水の都だけあって水がうまいな」
その言葉にアイリスが反応する。
「色々なところに湧水がある。この町の水路もそれをつなげて大地の魔力の流れをよくしてるって聞いた」
「最終的にはメインストリートに挟まれた大きな水路に出て、外壁の堀の水や田畑の水として再利用されるようです」
アイリスの言葉をサクラがさらに補足する。ユーキはメインストリート近くの自分が使っている宿から、ここに来るまでに何度か渡った橋と水路を思い出しながら頷いた。
「ほら、さっき通った中央の噴水もそれに流れ込む水の一部さ。いったい、どれだけの量の水が出てるんだろうな」
マリーは窓の外を片手で指差しながら、もう片方の手でグラスを回して中の氷を鳴らす。ユーキは感心したように相槌を打った。
(こんなに平和なのに、グールが今もどこかを彷徨っているだなんて信じられないな。いったい、どこに消えたんだ)
その疑問はユーキの目の前に食事運ばれてきたことで頭の片隅に追いやられる。腹が減っては戦はできぬ。食欲を満たすため、ユーキは食事に集中することにした。
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