共歩きⅧ
会話をしていた六人の耳に、一際大きな破壊音が届いた。視線の先には、追いかけて来たトレントが幹の真ん中からへし折られ、倒れていくところが見える。音も姿もまさに伐採されたかのように倒れていくので、思わず全員が見守っていたが、フェイがすぐに声を上げた。
「次は僕たちの番かもしれない。早くこの林を突破しよう。もし、彼らが本物のトレントならばここにも本物の水晶か階段があるはずだ」
「そ、そうだね。急ごう」
慌てて林へと入っていくユーキたちを、トレントは目だけで追って、追撃する様子は見られなかった。もしかしたら、偽物のトレントと戦っていたところを見て、外敵とは判断されなかったのかもしれない。
彼らは自らが出てきた林の方へとゆっくり帰り始めた。その途中、姿形はそのままに事切れているトレントが一体いた。彼らは、その体に優しく触れると林の中へと消えていく。
この個体は、もう一体のトレントを吹き飛ばしたトレントだった。もう老体だったらしく、その体はひび割れ、今にも崩れ落ちそうなほどだった。
その体のどこにあれだけの破壊力があったのかと言われれば、それは自らの命ともいえる核を投げつけて爆散させたからだ。トレントはみな、枝の途中途中に実をつけている。その実は魔力と養分が蓄えられ、彼らの生きる源でもあった。
その最後の実をこの個体は、偽物のトレントを迎撃するために使ったのだ。そして、佇むこの躯は新たな林の苗床として消えていく。
放っておけば大群で倒しきれたのにも拘わらずに力を使ったのは、自らの命を捨ててでもユーキたちを助けようと思ったからだろうか。それは本人ばかりが知るのみである。
林にはそよ風が吹き、どこかで鳥の鳴き声が響き渡った。
林の中は平原と違い、地面がうねり、所々が腐葉土や木の根で足元の感触が常に変化している。その中を六人は全速力で駆けていた。
「ユーキ! 君の勘で構わない。進んだ方がよさそうな道は?」
「わかってたら、全力で先頭を走ってるって」
危険なのはトレントだけではない。ゴブリンのようなモンスターもいれば、熊のような獣もいることがある。ダンジョンが不思議な変化をしている今、油断はできない状況にあった。
「まさかとは思うけどさ、フェイ。今、適当に走ってるだけ?」
マリーの言葉にフェイは痛いところを突かれたような表情になる。具体的に言うと、口を真一文字に結び、マリーとは反対方向に目が泳いでいた。
「すとっぷ、すとーっぷ!」
マリーの号令で、一度全員がその場で止まる。
「あのさ。一応、トレントから逃げるのも優先だけど、このままじゃ遭難しちまうだろ。目印か何かが必要だと思うんだけど」
「木の枝とか折って行ったら、間違いなくトレントに襲われるぞ」
「いや、そこまで、あたしも馬鹿じゃないぜ」
そう言ってマリーは詠唱を始め、杖を地面へと向ける。今まで自分たちが走ってきた方向に向けて岩が飛び出した。
「こうしておけば、しばらくの時間は壊されないだろ? 定期的に、これを作っていけば、万が一、迷っても大丈夫ってわけ」
「へー。それは良い案だね」
「よせよ。サクラに褒められるとなんかむず痒くなるっていうか……。恥ずかしいだろ」
本当に照れているのか、それとも走って体温が上がっているのか。マリーの顔は少し赤くなっていた。そっぽを向いて頭をかいているが、その口元が少しだらしなくなっているのは気のせいではないだろう。
「マリー、お馬鹿じゃなかった。安心だ、ね」
「おい、アイリス。今、あたしのこと馬鹿にしてただろ」
「きーのーせーいー。さっ、早くしないとトレントが来るかもよ」
アイリスはニヤッと笑って誤魔化すと、トコトコと先へと進んでいく。トレントのことを思い出したのか、慌ててケヴィンがその後を追っていくと、マリーもアイリスを問い詰めることより、進むことを優先して早足で追いかけ始める。
「あの二人、時々、仲が良いのかわからない時があるなぁ」
「でも、ちょっと雰囲気が良くなったでしょ。ずっと張り詰めてると疲れちゃうもん」
サクラが二人を微笑んでいる。サクラ自身も彼女たちと過ごして一年経っていないはずなのに、昔馴染みの親友のように話す姿は違和感がなかった。
「そうだな。でも、締めるところは締めていかないと、何があるかわからないからな。もうひと頑張りしようか。サクラはあまり無理するなよ」
「うん。ユーキさんも頑張り過ぎないでね。さっきの怪我、まだ治りきってないでしょ?」
「やっぱり、バレてたか……」
ユーキは顔を顰めると脇腹を擦る。ここまでは気合で我慢してきたが、いよいよ痛みが本格的になってきた。内臓はやられていないが、恐らく服をめくると酷い痣ができているだろう。早く安全な場所に行って、ケヴィンに治療をしてもらおうと考えていたが、まだ道のりは長そうだった。
ポーションをもう一本飲んで、ユーキは足を進める。横に並んだサクラとフェイが心配そうに見ているが、いつまでも止まってはいられなかった。
「ユーキ、無理をし過ぎると足を引っ張ることになる。無理な時は早めにいうんだぞ」
「わかってるよ。そっちこそ、残りの魔力と体力は?」
「大きなお世話だ」
鼻を鳴らすとフェイは、ケヴィンへと預かっていたメイスを返すために駆けていく。その後ろ姿を歩きながら見送っていると、ふとユーキの患部にサクラが手を触れた。革鎧とコートの上からなのに暖かい感触が広がる。
「じゃあ、魔力要らずのとっておきの魔法ね。全部を治す力はないけど、マシになるかも」
「え、な、何を?」
「痛いの痛いのー飛んでけー!」
「…………」
「…………ちょっと、ユーキさん。何、その視線は」
「いや、最後にやってもらったのなんて、十年くらい前だから懐かしすぎて」
まさか三十近くになって、その呪文を唱えられるとは思わなくて、サクラをまじまじと見てしまっていた。その瞬間、ユーキは頬を引き攣らせた。
――――記憶喪失だと伝えていたのに、十年前などと具体的に話をしてしまった。
記憶喪失と言っても、全てのことを忘れるわけではない。しかし、サクラの唱えたような呪文など、やってくれるのは親くらいしかいない。自分の今の肉体年齢から換算して、幼稚園くらいの頃だと思い出していたことが仇となってしまった。
記憶喪失の嘘がばれるのではないかと恐る恐るサクラの反応を窺うが、彼女は何も気にしていないようだった。むしろ、ユーキに面食らわれたことに怒っているような雰囲気を漂わせている。
「ふーんだ。そんな目で見るユーキさんなんて知ーらない」
「ちょ、わ、悪かったって」
少し早歩きで進み始めたサクラを、慌てて追いかけるユーキ。思わず強く踏み出した足の衝撃で痛みが走るかと思われたが、不思議なことに痛みはさほど感じない。そんなことに気を取られていたせいか、ちょっとばかり恥ずかしくて、頬が朱に染まり始めていたサクラの横顔には気付かないユーキだった。
木漏れ日が差し込んで、束の間の平和を感じながら一行は奥へと進んでいく。その背を押すように、冷たい風が彼らの背から吹き抜けていった。
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