侵食するダンジョンⅢ
巨人は闘技場の床を手の平で叩き、アルトへと告げる。
「聖剣を抜いた勇者と共に、枢機卿の持つ道具を持って訪れよ。そうすれば、勇者として戦う最低限の力は揃うだろう」
「やはり、試練のダンジョンをクリアすることが、勇者の条件ということなのですね?」
「当たらずとも遠からず、といったところだ。――本来であれば、な」
巨人は首を振って肩を落とす。そこには大きな体に似合わず、疲れ果てた表情が浮かんでいた。
「何か、問題でも?」
「このダンジョンの近くに天然のダンジョンができつつあるようでな。それだけならば良かったのだが、あまりにも近すぎてこちらのダンジョンが飲み込まれてしまいそうなのだ」
カルディアの街に作られた人工のダンジョンとは違い、天然のダンジョンは地下を流れる魔力の流れが溜まった場所に出来やすいという。人工ダンジョンはどのような仕組みかは不明だが、それも魔力の流れに捕まれば、侵食されるというのもわからなくはない。
「繋がってしまった場合、勇者の最後の試練を行うべき、この場所の役目が奪われてしまう可能性がある。何とか、それをこちら側から食い止めようとしていたのだが、これが上手くいかなくてな。どうしたものかと悩んでいたのだ」
巨人側から天然のダンジョンに直接干渉するのは不可能に近い。まず、天然のダンジョンに向かうにしても、外に出れば大騒ぎになるだろうし、直接ここから向かえば、ダンジョン同士が繋がってしまう。
加えて、ダンジョンの中で巨人が活動できる広さが確保されている保証はない。彼が手をこまねいていたとしても仕方のないことだ。
勇輝は巨人の言葉の裏にある意図を察して、どうしたものかと思考を巡らせた。
「つまり、私たちがそのダンジョンをどうにかする必要があるということですね」
「話が早くて助かる。元々、これはそちらの領分の話だが、現実を受け止められずに責任を転嫁する者も多い。スムーズに話が進んでよかった」
話の流れは勇輝の想像の通りに進んでいく。だから、こそ勇輝はここで手を挙げて、二人の話を遮った。
「お話の最中に申し訳ないですが、一つだけ気になることがある。そもそも、あなたは何故、ここにいるんだ?」
「……ふむ、何と言えばいいか。俺のことをどこまで伝えていいものやら……」
巨人はしきりに顎髭を指で撫でて、視線を彷徨わせる。
本当に迷っているのか。それとも、何か誤魔化そうとしているのか。今の表情からだけでは読み取ることができない。
「元々、このダンジョンにいた管理人ではないはず。何しろ、ここは人間が創ったダンジョンだから、巨人がいるのはおかしい。ほら、この闘技場だって、もし巨人がいることを想定していたなら、もっと大きく作っているはずだ」
その言葉にソフィアは頷く。
「彼の言う通りです。自らの名は明かさずに物事を頼むのは道理に反しています。例えそれが、有用な情報の前払いをしていたとしても」
「なかなか生意気な口をきくではないか。グラムの担い手よ」
「鞘に収まっていてもグラムと見抜くとは、なかなかの観察眼ですね。ですが、今はあなたが何者か、というのが本題です。話を逸らさないで頂きたい」
一触即発――と言う程ではないが、明らかに険悪な雰囲気が漂う。
仁王立ちするソフィアをじっと見つめていた巨人は、膝を打って一際大きな唸り声を上げた。
「一昔前の俺ならば、不敬な奴だと吹き飛ばしていただろうが、お前の言うこともわからないではない。だから、言えるところまでは話してやろう。尤も、それも多くはないがな」
そう告げた巨人は自嘲気味に肩を竦める。
「世の中には知らないままの方が幸せなこともある。知ることで呪いが発動したり、伝染したりして、手に負えなくなることもある」
「……ということは、巨人さんの名前を知ること自体が、そもそもの呪い?」
桜の呟きに巨人は否定も肯定もしなかったが、その表情からするに、その推測は当たっているようだ。
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