共歩きⅦ
体は衝撃で元々の位置とは違う方向へとへし曲がり、最初に見た造形からは程遠くなっている。いずこからか飛来した物体によって、トレントは一瞬にして絶命した。
何が起こったかわからないでいると、後ろの林から冷たい空気が吹き寄せてくる。振り返ってみれば、林の中から何体ものトレントがゆっくりと滑り出て来ていた。
「はさみ、うち」
「いや、そんなこと言ってる場合じゃないだろ。これ」
慌て始めるマリーだったが、ユーキは何故か林から新たに表れた一団には脅威を感じていなかった。トレントたちの矛先はユーキたちではなく、追いかけて来た一体のトレントに向いているように感じられたからだ。
「みんな! 早くこっち側に! 今なら同士討ちしている間に逃げられる!」
「ゆ、ユーキの言う通りだ。とりあえず、この狭間にいたらやられてしまう。ケヴィン! 行けるかっ!?」
ケヴィンの体力も、数十秒の間に少しは回復していたのか、手を引っ張られると自分の意思で走り出した。それに続いて、サクラたちも後をついていく。それを待っていたかのようにトレントたちは、一斉に突撃を始めた。
残されたトレントは迎撃しようにも多勢に無勢、瞬く間に囲まれて自身の枝を拘束され、幹にはより太い枝が巻き付いて締め上げられる。伐採される木々のような割れる音が、ゆっくりと時間をかけて断続的に響く。
「あいつら、なんで仲間同士で……?」
「獣にはよくある縄張り争い、じゃないかな」
かなり離れたところまで来ると安心して辺りを見渡すことができた。ケヴィンも肩で息をしながら、戦闘の様子を考える程度には落ち着いている。
「それか、姿形が似ただけの別の種族、とかかな」
「――――っ」
ユーキの呟きにケヴィンが息を飲んだ。
ユーキの魔眼には追いかけて来たトレントと、林から現れたトレントの放つ光が全く違う色に見えた。前者は黒い靄がかかり、後者は明るい緑色に今は若干のオレンジ色が混じっている。どちらにしても、見過ごせない点だ。
ここに来るまでに似たようなものを見たことがある。出現位置が変わる水晶、多すぎるゴブリンキング、そして同士討ちを始めるトレント。そのすべてに黒い靄が関わっていた。もはや三度も重なれば偶然で片づけるわけにはいかない。
だからこそ、ユーキはケヴィンへと問いかけた。
「ケヴィン。アイツら、って誰だ?」
「そ、それは……」
「もしかして、そのモンスターって他人に擬態する能力がある、とかじゃないよな」
「そんなモンスターなんているのか?」
フェイはユーキの言葉に驚きながらも信じられずにいた。ただ、そうであるならば多すぎるゴブリンキングも目の前で行われている同士討ちも説明がつく。
「ゴブリンは同士討ちよりも先に獲物を狙って、仕留めた後に仲間割れをすることが多い。でも、トレントは縄張り意識が強い。特に自分の森や林のテリトリーに入る外敵と判断した者には容赦しない。でも、擬態するモンスターはミミックくらいしか知らない」
アイリスはユーキの意見に同意なのか、それを裏付ける証拠を提示する。ただ物知りなアイリスも人に化けるモンスターは知らないようだった。
フェイもサクラもマリーも首を傾げるばかりだ。それでもユーキは、その特徴だけで思い当たるモンスター。いや、民間伝承を知っていた。
「ドッペルゲンガー……」
「え?」
「ドッペルゲンガーって知らない? 自分と全く同じ姿をした奴が別の場所で目撃される、なんて話」
ドイツ語ではドッペルゲンガー、英語ではダブル。或いはコ・ウォーカーと呼ばれる怪異。そして、日本語では「共歩き」と呼ばれ、一説には幻覚症状だと言われるもの。
各地の言い伝えの一つには物騒な物もある。それは、出会った本人は死ぬ、というものだ。
「あたしは聞いたことがあるぜ。でも、それって御伽噺か何かだと思っていたけど」
「もし、それがモンスターの仕業だったら……。本人とすり替わるために連れていかれる、なんて可能性もあるよね」
その言葉に、ケヴィンは観念したかのように頷いた。
「あぁ、そうだよ。斥候役だったジェットもアイツらにすり替わっていた。油断して近づいた僕を逃がすために、アンドレは犠牲になったんだ」
「じゃあ、次に君たちの仲間にあったとしても……」
「本人とは限らない……?」
サクラが信じられないといった表情で口元を押さえる。万が一、助け出せたとしても、それが本人だと判別する方法がない。ケヴィンは仲間を常に疑って行動する運命にあったのだ。
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