調査開始Ⅵ
アルトたちの案内に従って歩くこと一分強。意外に早く到着した店には看板が無かった。
「これ、何ていう店なんですか?」
「うーん。それは私も何て呼べばいいか悩んでるんです。他の人に聞いても『看板の無い店』、『うねり坂のパン屋』とか色々な名前があるので」
しかし、それでも何となく通じてしまうので、みんな困っていないという。それだけこの街では有名な店なのだろう。
中に入ると綺麗に清掃された床やテーブルが目に入る。既に何組かの客が座っていて、美味しそうにパンを頬張っていた。高齢者が多く、何人かはアルトに気が付くと手を振って声を掛けている。
「アルトちゃん、今日はここで食事かい? 珍しいね」
「えぇ、お婆様。遠くの国から来た友人を案内しているところです。この街の美味しい食べ物をたくさん食べてもらいたいのですが、この後もいろいろな場所を紹介するので、ここが一番かと思いまして」
「なるほど。そりゃあ、良い考えだね。ここのはそこまで重くないし、すぐに動けるもの。食べながら街を回ってもいいかもね」
和やかに会話している様子を見ていると、後ろで控えていたソフィアが呟く。聖女になる前もなった後も、街の人たちをアルトは治療して回っていたと。
それは彼女だけでなく、サケルラクリマ全体の神官たちが同じように人々を助ける為に活動をしている。結果として、目の前のように職や年齢に関係なく良い関係が築けているのが、この国の良さである。
ソフィアはそう言って胸を張る。
「良いですよね。ファンメルの国王様も民に近い方ですけど、あくまで王という立場で一線は退いていますから、こういった光景にはならないでしょうね。もちろん、どちらが優れているというわけではないのですけど」
「わかっていただけて、私も嬉しいです。これから、また調査を続けて行きますが、途中でアルト様が民と交流する場面もあるかもしれません。その点は御理解いただけると助かります」
午前中で仕事を終える人々もいるらしく、そうなるとアルトに声を掛けてくる人も増えるのだとか。もちろん、黒騎士隊隊長であるソフィアがそれを防ぐことは可能なのだろうが、アルトがそれを望むか問われれば難しい。
「……大変なんですね」
「戦闘が上手いだけではやっていけません。体だけでなく、心や地位も守るのが務めなので――アルト様、店主がいらっしゃいましたよ。注文をしませんと」
俺の呟きにソフィア頷きつつ、アルトに呼びかける。
今気づいたが、店は一人で切り盛りしているのか、店員らしき姿は見当たらなかった。ソフィアの言う店主はどんな人物なのかと視線をカウンターの向こう側へと向けると、筋骨隆々のお爺さんが目をぎらつかせて出て来た。
以前にも、高齢者でムキムキのマッチョマンな人に会ったことがあるが、その人は村を守るために魔物を狩る自警団に所属している村長だった。しかし、目の前の人物はパン屋の店主。どこに筋肉がいっぱいつく要素があるのかと驚かざるを得ない。
「注文は?」
「オススメを四人分いいですか?」
「……すぐに作る。座って待っててくれ」
仏頂面のまま対応する店主だが、アルトは気にした様子はない。むしろ、それが当たり前と言った様子だ。
ただ、立ったまま待つのも邪魔になるので、勇輝たちは店主に言われた通り、席に座って待つことにした。
「……メニュー、見るまでもなく注文されたな」
「あ、ごめんなさい。いつもの癖で。でも、絶対に後悔はさせませんから安心してください」
勇輝はテーブルに置いてあったメニューを広げてみる。当然ながら、それを読んでもどんなパンなのかは想像ができない。
「平べったいパンを上下に割って、その間に野菜や肉を挟んだ食べ物なんです。挟む物はいろいろ選べるんですけど、オススメはやはり料理人が一番おいしいと思っている物が出て来るので良いんですよ」
説明を聞く限りだとハンバーガーのような食べ物が出て来るらしい。
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