共歩きⅤ
走りながら時折、先頭のトレントの樹皮に炎が巻き起こる。運よく炎が燃え広がり、そのまま動きを止めたトレントが二体いたが、依然、その進軍の勢いは留まることを知らない。
「トレントに捕まったら、どうなるんだ?」
「さぁね。枝による鞭打ち刑か、根っこで血液全部吸いつくされるか。あるいは虚の中に押し込まれて朽ち果てるか。捕まったことがないからわからないね」
「わからないのに、恐怖を、掻き立てるのは、やめてよ」
ぜぃぜぃ、と呼吸の中に危なそうな音が混じり始めたケヴィンは、気合だけで逃げていた。既に何度か足止めはしているが、その距離はもう十五メートルを切っている。対して、目的の林までの距離は最低でも二百メートル以上はある。
やむなくユーキは振り返るとガンドを三発、立て続けに放った。横並びに走っていたトレント三体のそれぞれ幹へと当たると、二体が止まり、一体はそのまま前のめりになって倒れていく。これでまた時間は稼げるが、残っているトレントはまだ五体以上いた。
「ジリ貧になる前になんとかしたいな。もし、あの林がダメだったら、一度戻ることも考え直した方がいいかもな」
身体強化をしているとはいえ、喋りながら逃げるのは体力を使う。流石に体力には自信があったユーキも、疲労の色が隠せなくなってきた。魔力もこの短時間でかなり減ってきている。もし、この先にある林でトレントがいたら、間違いなく苦しい戦いになるだろう。
「ユーキさん。援護するよ」
サクラが杖を振りかざす。この撤退戦の中でかなり汗をかき、前髪が額に張り付いていた。杖が振られると同時に、汗が雫となって空を舞う。遅れて、火球がトレント目掛けて疾駆した。
平原の背の低い草を焼き、そのまま地面すれすれを滑空していくと、トレントの長い根に直撃する。
続けてアイリス、マリーと入れ替わるように魔法が途切れることなく放たれた。誰かが魔法を放っている間に最後尾は前に進み、ある程度距離を離したら詠唱を開始する。ユーキは魔法が間に合わなかったときの調整役のように、タイミングを見計らってガンドを放っていた。
「だんだん、パーティらしい動きができてるんじゃないか? あたしたち」
「ナイスチームワーク」
「そういってる間に、またトレントが迂回してくるよ」
そんな中でフェイはケヴィンに肩を貸しながら走っていた。魔法で援護ができない以上、フェイにできるのはケヴィンのメイスを持って、できるだけ早く前に進ませることだった。
「も、もう、僕は良いから、君たちだけで……」
「馬鹿を言うな。少なくとも、君のパーティに合流させるまでは、引き摺っていくぞ」
あと数十メートルで目的地というところまで来た時に、フェイは林の中で何かが蠢くのを見た気がした。
「ちっ、まさか。最悪の事態か?」
近づくにつれて、ガサガサと動く姿が鮮明になっていく。次の階層へと続く場所はないかと探しながら、徐々にスピードを落としていくと、足止めをしていたユーキたちが追い付き始めた。足が止まり始めているフェイへと近づき声をかける。
「フェイ。トレントはもう残り三体だ。いっそ、やっちまおうぜ」
「それも一つの手かもしれない。このままいくと、中から何か出てきそうだ。それにケヴィンも限界だ」
一度足を止めてしまい、根を張ってしまったかのようにケヴィンは動くことができなくなってしまった。両膝に手をついて、過呼吸気味になっている状態を何とか抑えようとしている。
「仕方ない。近い順に集中砲火だ。ありったけの火球を撃とう」
「いいぜ、ユーキ。そういうの嫌いじゃない」
マリーが不敵な笑みを浮かべて、杖を構える。その顔は汗が伝い、顎から滴っていた。アイリスもいつもは白い肌が上気し、顔が真っ赤になりながら杖を振るわせて構える。
最後に魔法を使って押し留めていたサクラが走ってくると、その後ろには既にトレントが迫っていた。肩で息をしていたユーキは震える腕をもう片方の腕で押さえると、ガンドで一気に六発を撃ち放つ。
ただ、心のどこかで連射をすると痛みが出ることに恐怖を感じたのか、その発射は一発ずつ確実に当てるような慎重な動作だった。
その甲斐あってか、トレントへ次々に命中していくが、籠った魔力も不十分だったようでトレントは一向に倒れない。一度、魔力を装填するために、ユーキが射線を開けると、そこからマリーとアイリスの火球が三十二発飛び出した。火球は枝や幹、根元に万遍なく命中し、大きな破裂音と共に幹の一部が吹き飛んでいく。
「おーし、次!」
マリーが勢いよく次のトレントへと杖を向けると、サクラが今度は詠唱を始める。その間に魔力の装填が完了したユーキが、ガンドで足止めをする。
放ったガンドはトレントの胴体ど真ん中へと吸い込まれていった。
クリーンヒットだと思われた瞬間、木の枝が高速で振るわれ、ユーキのガンドを叩き落す。一瞬、何が起こったのか理解できなかったユーキは、硬直してしまった。
「馬鹿! 避けろ!」
フェイの声が響くが、ユーキの頭の中には、「何を避けるのか」という疑問が、呑気にも湧き出ていたところだった。
突如、視界がぶれ、自分の見ていた景色が九十度回転する。
同時に、自分の胴が普段は曲がらない方向へ、強制的に動いてしまったことは理解できた。
遅れて、自分の右脇腹に痛みが走る。それを知覚すると共に、体のあちこちから痛みという名の電気信号が駆け巡った。
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