聖教国サケルラクリマⅤ
勇輝たちの視線を受けて、リブラ枢機卿は小さく頷く。
「まだ、ここでの最終的な話し合いが終わっていないのですがね。何しろ、どのような人が来るかはわかっていなかったので、それくらいは確認したいというのが大半の意見でしたから」
「なるほど。でも、勇者専用のダンジョンということは、逆に言うと俺たちが入ることはできないのではないですか?」
恐らくは人工ダンジョンなのだろうが、勇者の為に作ったとすれば、それ以外の者は排除されたり罠が作動したりする可能性がある。
せめて、挑むかどうかは、そういった情報を教えてもらってからの方がいいだろう。
「普段は黒騎士隊などが第一階層での訓練に使用しています。特に異変が起こるということはなく、聖剣を持った勇者が中に入っても同じ様子だったと記録が残っています」
記録に残っている。
その一言に、勇輝は眉を顰めたくなる気持ちをぐっと堪えた。勇者がダンジョンに挑み、その中の様子が残っているのなら、なおさら魔王の存在が謎に包まれているのは不可解だ。
何か、隠していることがあるのではないかと勇輝は枢機卿たちの様子を窺うが、その表情から何かを伺い知ることはできなかった。
そこで桜が小さく手を挙げて、リブラ枢機卿に尋ねる。
「中の記録が残っているのであれば、私たちが中に行く必要が感じられないのですが……」
「記録はあるのですが、実際に目で見て確かめてみないとわからないこともあります。事実、我々、枢機卿たちは各自が勇者やダンジョンのことについて、前任者から口伝で秘密を継承しています。しかし、この身分になってからもそうなる前も、ダンジョンの中に入る機会はなかったものですから不安な部分が多いのです」
世界の命運がかかっているのに、不確定なことが多すぎる。それは勇輝が感じていたことと同じだった。
「――魔王に関する情報も明らかに少なすぎる。どんな姿で、どんな能力で、どこが弱点かもわかっていないというのは、流石におかしくはないですか? まさか、魔王と戦った者は、みんな死んでいるとかないですよね?」
「それはありません。今までに戦った勇者や聖女は生還していますし、その時に受けた傷が――などというような悲劇も無いと認識しています。ただ、あなたの言うように『魔王に関すること』は、ほとんどわかっていないことに我々も危機感は抱いています。まるで、何者かが全員の記憶を消去したような恐ろしさです」
リブラ枢機卿は一拍置いて、枢機卿たちを見渡す。
その行為に何かを感じ取ったのだろう。枢機卿たちの表情が引き締まったように感じた。
冷たいそよ風が祭壇を通り抜け、立っている者たちの服を揺らす。
「天秤の名の下に採決を。ファンメル王国からの来た協力者、勇輝と桜を聖女と共に試練のダンジョンに踏み入れる許可を出すか否か」
リブラ枢機卿の声が響くと、彼から時計回りに十一人の枢機卿たちが賛成か反対かを宣言していく。
賛成八人、反対三人。
リブラ枢機卿が反対派の意見を聞くと、出てきた言葉は「まだ信用するに足りない」というものだった。
「あちらは国として最適な冒険者を送り込んだ、と言った様子だが、少しばかり手段を簡略化しすぎたな。せめて、近衛騎士の一人でも連れて来ていれば理解はできたのだが」
レオ枢機卿は鼻を鳴らすと、腕を組んで黙ってしまった。
「そうとはいえども、賛成多数での決定には違いない。リブラ枢機卿。後は、彼らがどう判断するかだと思うが……?」
反対派に回っていた枢機卿が、肩を竦めてリブラ枢機卿に先を促す。
彼もまたそれを受けて、勇輝たちへと正対した。
「サケルラクリマの意見として、お二人の協力を承認しました。上から目線で申し訳ありませんが、よろしくお願いできますか?」
「まずは情報を、ですね。何もわかっていない状態で頷くと痛い目を見ることは身を以て知っているので」
「もちろんです。ただ、こんなところで立ちながら話すのも疲れるでしょう。宿泊できる部屋を用意してありますので――聖女アストルム。お二人を例の部屋に案内してもらっていいですか?」
頷いたアルトは、それ以上言葉を発することなく、階段に向かって歩いていく。
勇輝と桜は枢機卿たちに軽く頭を下げて、アルトとそれに付き従うソフィアについて行った。
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