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異世界魔瞳探索記「あなたの世界は何色ですか?」~極彩色の光が見える魔眼を手に入れて、薬草採取から魔物討伐まで縦横無尽の大活躍~  作者: 一文字 心
第5巻 暗黒の淵にて、明星を待つ

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共歩きⅣ

 特に獣やモンスターに襲われることなく、平和に林まで辿り着くことができた。あまりの拍子抜けする展開ではあるが、林を目の前にしてユーキとフェイは唾をごくりと飲み込む。


「わかるかい?」

「うん。何か行きたくない」


 率直にユーキは思ったことを口にした。モンスターも獣も、虫一匹すら存在する気配がしない。いや、()()()聞こえてこない。周りには風が吹いているというのに、この空間だけが風が死んでいると表現する他なかった。


「何か、気味が悪いね」

「べ、別に怖くなんてないからな」


 サクラも何か感じ取ったのか身を竦ませてマリーの傍へと近寄った。マリーも強がっているが杖は引きぬかれ、既に林の方へと仰角を上げ始めている。


「ちょっと魔力を使うけど、こんな方法も、ある」


 そういうとアイリスは呪文を唱え始めた。


「『地に降り立つ雫を以て、その意を示せ。地上を満たす、濁流の洪水よ』」


 詠唱が終わると、空中から林に向かって大量の水が流れ始める。ただ、アイリスはアレンジした呪文が思ったものと違ったのか、やや不服そうな顔だ。


「何やってるの?」

「水でちょっと探査もどきみたいなことを、してみて、る」


 杖と空いた手を構えて、一気に押し出すと地面を水が滑るように広がっていき、林まで到達する。


『これなら、私も協力できそうですね。彼女の魔法の水を通して、私も少し林を調べてみます』

「お願いするよ」


 アイリスの放った魔法は広がることを押さえて、できるだけ奥に行くように水が流れていく。使い始めてから日が浅いにも拘わらず、見えなくなった水も自らの手の延長のように操っているところを見たら、その技術を得意とするオーウェンが卒倒するかもしれない。

 しばらく、水を奥へと押し込んでいくと、林の奥から風が吹いてきた。木々の間を抜けるような風切り音がユーキたちに響く。生暖かいそれは、まるで見えない生き物に息を吹き返られているようだった。


『……これは!? ユーキさん。逃げた方がいいです』

「あ、これ、逃げた方がいいかも」


 ウンディーネが警告するのとアイリスが呟いたのは、ほぼ同時だった。


「おい、アイリス。あたしらには、さっぱりわかんないんだけど、どういう状況?」

「大群が、押し寄せてくる」


 その言葉と同時にユーキは目の前の林の奥に蠢く影を見つけた。その姿は頭頂部からいくつもの触手を垂らし、短い脚で地上を滑るように動いている。近づくにつれて、そのシルエットもだんだんとハッキリしてきた。


「まずい、あれは()()()()だ。みんな、できる限り遠くへ逃げるんだ。追い付かれそうになったら火を放つしかない」


 真っ先にフェイが反応して、指示を出す。名前を聞いて、ユーキ以外はすぐにわかったのか、次の林の方角へ向けて走り出した。


「おい、トレントってなんだよ?」

「動く樹木、生きた大木、森の守護者。いろいろと呼び名はあるけど、簡単に言えば木の形をしたモンスターだ。動きは鈍いが()()()()()()()()()()


 その言葉を聞いて、ユーキはもう一度振り返る。そこには、日の下に姿を現したトレントがいた。触手に見えたのは葉が枯れた枝。短い脚は根っこに見える。一瞬、日光に身を震わせたが、即座にユーキたちを見つけて追いかけ始める。木の虚が人の顔のように見えて不気味だが、実際の感覚器官は別にあるのだろう。若干、ユーキたちを追いかける方向から顔の位置がずれている。


「な、なぁ、このまま次の林に向かうのは良いんだけど、その後はどうするんだい?」

「次にトレントがいないことを祈るのみだな」

「そ、そんなー」


 ケヴィンが必死の形相で走るが、一番重い武器を持っているせいでスピードは遅い。おまけに、次の林にも絶望が潜んでいるのでは、という疑惑が彼の精神力をすり減らしているようだ。

 振り返って様子を確認すると、追いかけてくるトレントは五体、六体と続けて林の中から躍り出て来ていた。林のすべてがトレントというわけではないようだが、その巨体を他の木に触れさせることなく、まるで幽霊のようにすり抜けてくる。


「このままだと、追い付かれるかも……」

「こうなったら、こいつで!」


 マリーが詠唱を行うと火球が四発放たれた。先頭を走るトレントに直撃すると、樹木とは思えないような動きで身を捩る。硬く、ボロボロの樹皮が唐突に捩れ、人の肌のように皺が入っている場所も見えた。

 そんな仲間に邪魔されて、後続のトレントは一度立ち止まり、大きく迂回して追撃を続ける。


「木とは言っても、水を大量に蓄える性質がある。そう簡単には燃えないんだ」


 フェイは悔しそうに呟くと火が燃え尽きたトレントが再び進軍を始める。心なしか、その速度は先ほどよりも早い。マリーの表情にも焦りが浮かぶ。


「何か……他にいい方法は……」


 ユーキが魔眼で辺りを見回すと、出発前に見つけた緑色の光が目に入った。


「フェイ。行くなら、あっちの林にしよう」

「――――!? なんでだい?」

「えーっと。俺の勘」

「嘘をつけ、何かあるんだろう」


 フェイは驚愕の表情を押さえた後、疑り深くユーキを睨む。しかし、手掛かりが何もないのはフェイも同じ。躊躇った後、不思議なことにフェイは意見を変えた。


「いや、僕もあっちの方がいいというのは感じていたんだ。理由はわからないけど」

「こういう時は冒険者の勘っていうのも大切だと思うぜ」


 近くで聞いていたマリーがニヤリと笑う。視線を他の所に移すとアイリスはどちらでも構わないといった感じ。サクラはフェイとユーキに賛同して頷く。ケヴィンに至っては、「どこでもいいから逃げさせてくれ」と首をコクコクと何度も振っていた。


「よし、じゃあ、みんなの命を預からせてもらう。進路を左に変更。目の前の林を通り過ぎてもう一つ奥の方へと向かおう。身体強化の魔力は持ちそうかい?」


 全員が頷くと、フェイは走る方向を変えて速度をやや上げた。

 背後のトレントは十体にも増え、ユーキたちを捉えようと追いかけてくる。ケヴィンのことを考えると、目的地にたどり着くまでに何度か魔法で妨害が必要になりそうだった。

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