キマイラを操る者Ⅶ
炎を突き破ってから、桜の元に到達するまで数秒ほど。詠唱しているとはいえ、咄嗟に反応できるとは限らない。
(何か、手段は――)
ガンドの残弾はあるが、貫通した場合に桜たちを巻き込む可能性がある。何とかしてキマイラを止めなければならないが、空中にいる状態で、心刀も納刀したまま。加速もできなければ転移もできない。
どうしようかと考えた時、視界の端に緑色の光が見えた。マリーの放つ赤の光の前に立ちはだかっているフェイだと認識した瞬間、勇輝は足に魔力を集めていた。
(――フェイに習った空中の足場の形成。それで一気に加速する!)
まだ成功させたのは一回だけ。それをこの命が懸かった場面でいきなり試すのは無謀だと、勇輝は頭の片隅で考えた。しかし、他に手段がない以上、やるしかないと腹をくくる。
そうこうしている間に、マリーの作り出した炎の柱を突き破り、キマイラが飛び出した。彼女たちの表情が強張る中、フェイがキマイラの前に立ちはだかっている。
「間に――合えっ!」
足の裏で風が爆発し、体が弾丸となって突き進む。
解除されながらも、まだ炎が残る空間が目の前に迫り、勇輝は右手で顔を庇った。だが、炎が勇輝に触れるかという距離になったら、急に道を開けるように炎が掻き消える。
遅れて、それが自分の周囲に存在している結界の効果だと気付き、強張った表情をわずかに緩めた。見る見るうちにキマイラとの距離が迫り、視界に蝙蝠の羽が下りて来る。
心刀の抜刀と同時に羽を切り裂き、そのまま人差し指だけを立てて、キマイラの横腹へと突き付ける。
いくらガンドを察知する力があっても、至近距離からの一撃を避けられるほど瞬発力も無ければ、体も小さくない。二発のガンドが放たれると同時に、反対側の腹から血飛沫が飛び散った。
「くっ……!」
初めて大跳躍した時と同じように、空中で捻りながら回って爪先から地面に着地する。数メートルほど勢いを殺せずに地面を滑って、やっとのことで止まることができた。
普通ならば腹を貫通する一撃など耐えられるはずがないのだが、勇輝はすぐに顔を上げてキマイラの様子を確認する。背中にあった光の最も強い部分はガンドでは傷つけることはできておらず、動きがわずかに鈍く放っているが、依然としてキマイラは桜を狙う気しかないようだ。
即座に土煙を巻き上げて、加速を始めるキマイラ。空中から援軍に来てくれたガーゴイルが滑空して、その体に取りつく。しかし、それを軽く左右にステップを踏んだ拍子に振り払い、近付いて来る。
「だったら、倒れるまでガンドを――」
勇輝がガンドを放とうと構えたところで、頭痛が襲って来た。どうやら無理な身体強化の副作用が始まったらしい。
しかも運が悪いことに、勇輝には他の症状も襲い掛かって来ていた。
(――ガンドが、出ない!?)
先程の連射で放った分も含め、ガンドは五発しか撃っていない。それにもかかわらず、勇輝の右手には魔力が集まって来るのだが、指先へとなかなか収束してくれない。
どこで一発分を消費したのかと焦っていると、心刀から声が響いた。
『さっきの空中の加速で、相当な魔力を集めただろ。おまけに普段は足から魔力をあんなに出すことなんて無いから、ガンドの分が無くなっちまったんじゃねえか?』
加速の為にガンド一発分の消費。正確には、その加速に耐える為の身体強化と、加速するための放出分の魔力と言ったところか。体内の供給よりも、消費する速度が上回ってしまった結果の事故。
言葉にすればそれだけだが、今、まさにキマイラが襲い掛かってこようとしている場面においては最悪の状況だ。膝が崩れ落ちそうになる感覚に襲われながらも、何とかしてあと一撃を喰らわせなければいけない。
「くそっ、体、が――重く――」
ガーゴイルを吹き飛ばしながら迫るキマイラに指を向けたまま魔力を集める。ガンドを放つのが先か、キマイラが飛び掛かるのが先か。
冷や汗が出て来る感覚をゆっくりと感じながら、勇輝は歯を食いしばった。
キマイラの前脚が浮き、後ろ脚が地面をけり出す。フランの火球が飛び、その体に突き刺さるがキマイラは一切気にせずに向かって来ていた。
視界が揺れ、照準が定まらない。ついに体が震え始めたかと勇輝が絶望していると、空中に跳び上がったキマイラの体を地中から二本の岩の槍が貫いた。
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