共歩きⅢ
全員が朝食を済ませ準備を終えると、用済みの壁を慎重に崩していく。何カ所かに覗ける穴を使って確認するが、周りに敵性生物はいないらしい。人一人分のスペースを確保して外に出ると、背の低い草が生える平原のあちこちに、林がまばらに点在していた。
「おそらく、あの不自然に乱立している林のどこかに次の階層に行くための階段がありそうだね」
「今思うけど、どうやって上に続く階段を隠してるんだろうね」
ケヴィンの解説に不思議そうにサクラが呟く。そんなサクラをアイリスが心配そうに見ていた。
「サクラ。本当に大丈夫?」
「ありがとう。一晩休んだから、もうへっちゃら」
「そう、気を付けて、ね」
その一方でフェイは別の心配をしているようで、長い間、唸っていた。
「どうしたんだよ」
「いや、あと二日間生き延びれたとして、伯爵が助けに来るのに何日間かかるだろうかってね」
「……まぁ、常に最悪の事態は想定しておかないとな」
「君にしては珍しく、良いことを言うじゃないか」
「臆病者なんだよ」
フェイの揶揄いに、ユーキは肩を竦める。
「それに何かわからないけど、嫌な気配がするんだ」
「君が言うと冗談に聞こえないから、やめてくれ。それより……」
フェイは声のトーンを落とすと、ユーキにしか聞こえないように語り掛ける。
「今まで聞く機会がなかったから放置していたけど、君の魔眼についてはちゃんと説明してもらうからな」
「………………」
「だんまりを決め込むのもいいけど、それがダンジョンでは命取りになる」
「……わかってるよ」
それが言えるならどんなに楽なのかと思うユーキだった。お茶を濁して、前を歩くサクラたちに近づくとフェイもそれ以上は言及してこない。
『私も聞いていないんですけど、本当に何の魔眼持ちなんですか? そもそも精霊種に気付く魔眼ってことは、相当強い能力だと思うんですけど』
失念していた。サクラ以外にももう一人、ユーキの魔眼を知っている人物がいたことを完全にユーキは忘れていたのだ。そもそも彼女との出会いは魔眼が合ったからだったのにも拘わらず、だ。ユーキは平静を装って、ウンディーネを気遣って返事をする。
「ノーコメントで。それより、自分の体調は大丈夫?」
『今までのだるさが嘘みたいな感じですね。もう羽が生えて飛び回れるって思うくらいには快調です』
「そりゃよかった」
一瞬、精霊石から不機嫌な気配が伝わってきていたが、話をそらすと案外ウンディーネも暇だったのか、かなり話しかけてくる。それならば夜の見張りの時にもっと話をするべきだったと後悔するが、後の祭りであった。
「……そもそも、精霊って睡眠いるのかな?」
『それは精霊次第ですけど、いきなりどうしたんですか?』
「いや、こっちの話」
下手に話を続けると魔眼の話に戻りかねない。ユーキは相槌を打ちながら周りを見渡して、前へと進む。四足歩行の生物や飛行生物に襲われる可能性を危惧していたが、見る限り襲ってきそうな存在を確認することはできない。もしあるとするならば、視界の遮られている木々の中にいるくらいだ。
ユーキは魔眼を開いて、平原に疎らにある林の方へと向けた。
「色が、違う?」
ユーキは何度も目を擦るが、その色彩に変化はない。いくつか存在している林のほとんどが薄暗く、嫌な雰囲気を醸し出している。その中に一点だけ、明るい緑の色をした林が見つかった。
「それで、どこから行くの?」
アイリスがふと目の前に広がる平原の先を指差す。その中で最も近い林は薄暗いタイプの場所だった。
「近くから順にいけばいいんじゃない? ヒントがない以上、そうするしかないぜ」
「どこかで見逃しているのかもしれないな。彼女は何か言ってるかい?」
ユーキへ振り向くとフェイはウンディーネの存在をぼかして尋ねる。ケヴィンがいる中ではあまり精霊の存在は公にできない。ユーキは小声で胸元に尋ねると思念で返事が返ってきた。
『特に何も感じないです。ただ、形容しがたい違和感は結構ありますね。上手く説明できませんが、偽物があるように思えます』
「(偽物?)」
『えぇ、どちらも本質は同じものに見えるのですが違うというか……雨水と川の水を比べているみたいです。どっちも水だけど違う、的なですね』
ウンディーネの話を聞いたユーキは、結論としてフェイに首を振った。それを察したフェイは、とりあえず一番近くの林までいくことで意見をまとめたようだった。
「もしかしたら、はずれの林の中にもヒントがあるかもしれないから、油断せずに行こう」
「そうだな。とりあえず、近づいてみないことにはわからないからな。今日だけで、この階層を抜け出せればいいんだけど……」
限界があるとはいえ、彼方まで広がっているように思えるこの空間で彷徨うことを考えると、気が滅入ってしまう。そんな自分を叱咤しつつ、ユーキは拳の関節を鳴らした。第一仮想目標地点に着くまでは、およそ十数分。明るい色が見える林を尻目にユーキは足を踏み出した。
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