キマイラを操る者Ⅱ
「魔王? 今、魔王って言いましたか!?」
桜が批難の眼差しを向けると、ギャビンは当然のように頷いた。
「そうだとも。未だ今代のお姿を拝謁することは叶っていないが、我らの王は確かにこの地へ降臨されようとしているのは確かだ。それがわかっているのならば、恐れる物などあるはずがない」
血走った目は狂気に染まっていた。唾を飛ばしながら喚きたてる姿は、見るに堪えないものだった。
もう、そこに穏やかな青年であったギャビンの面影は残っていない。
その横にいるキマイラも、そんなギャビンの様子に触発されたのか、今にも飛び掛かろうとしていた。
「でも、ここにはたくさんの魔術師がいる。王城も近い。騎士たちがすぐに駆け付けて来る」
「それならば、すぐに駆け付けているだろうね。だが、彼らはここではなく、街の方へと走っていっているはずだ」
アイリスの言葉に対し、ギャビンは余裕の笑みを浮かべたままだ。
本来ならば、アイリスの言う通り、誰かが駆け付けて来てもおかしくはない。だが、学園の至る所にいるガーゴイルすら姿を現さないのは異状という他ない。
勇輝は結界か何かが張られているのかと魔眼を開くと、薄い水色のドームが鍛錬場を覆い尽くしているのが見えた。そして、その膜のさらに向こうではキマイラの姿をした同じ色の物体が飛び回っているのが見える。
「――幻覚か?」
「流石は魔眼の保持者ということか。やはり、君はこの中で一番厄介そうだね。アレは僕の過去視で見た光景を元に出力した幻覚だ。ただの幻覚魔法よりも精度が高いから、簡単には見破れない。同じように、ここも結界を使った上で、何も起こっていないように見せかけている」
その時、勇輝は首を傾げたくなった。
何故、ギャビンはこんなにも勝ち誇っているのかがわからない。周囲を誤魔化す結界など、全くの無意味なのに。
そこまで考えて、勇輝はハッとする。自分の中では印象が強くて、ずっと覚えていたことであり、同時に細心の注意をしていたことでもあったせいで、多くの人が既に知っているものだと思い込んでしまっていた。
「そうか。俺、てっきり、全員が知っているもんだと思ってた」
「ゆ、勇輝さん。いったいどうしたんですか? 急に空を指差して」
フランの慌てた声が投げかけられるが、勇輝は肩越しに笑い返した。
先程まではキマイラから外れたガンドは、すぐに霧散して消滅してしまっていた。学園や王都自体を取り囲む結界を傷つけないようにと勇輝自身が、数日前の王都内での戦いを機に覚えたガンドの使い方だった。
魔法があらかじめ発射される際に入力された命令で動くものならば、ガンドもまた似たように爆発する場所や起動などを放った後の魔力操作で多少は命令することが可能だろうという考えだ。
実際にできることは、無害化するために魔力を拡散させるだけ。だが、それをしなければほんの少しの魔力を放つだけで、勇輝は学園の結界を破壊できる。何せ、この王都に辿り着いて数日後に、それを実行した前科があった。
「ギャビンさん、あなたが何のつもりで俺たちを襲うかは知りません。でも、とりあえず、この周囲の結界は破壊させてもらいますよ」
「ははっ、何を言うかと思えば、君は冗談が上手い――」
ギャビンの返事を待たずに、勇輝はガンドを数発放った。
即座にガラスが割れるような音が、天から響くと共に、学園の鐘が鳴り響く。そして、わずかに遅れて、女性の声が響き渡った。
『ただいま、学園の結界に外部、内部の両方からの攻撃が確認されました。生徒は、近くの教員の指示に従い、屋外にいる者は屋内に避難してください。上空および地上をガーゴイルが巡回します。落ち着いて、誘導に従ってください。繰り返し連絡します――』
「ば、バカな。結界が壊れたことすら誤魔化せる僕の最高傑作の魔法だぞ!? 何が起こってる!?」
動揺して天を見上げるギャビンに、勇輝は一言だけ告げる。
「悪いな。俺のガンドは学園の結界を貫通するくらい強いんだよ」
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