空からの刺客Ⅷ
魔力を杖に籠め、キマイラから逃げる桜。上空からはヴァネッサ、地上からは勇輝やマリーたちの魔法の援護射撃が飛んでくるが、キマイラはそれで速度を落とすことはあっても、桜を追うことを止める様子はない。
「なんで、私の方に――!?」
素人とは思えないほどの加速をする桜だが、それにも限界がある。キマイラが距離を詰め、炎を吐こうとする動作の間に旋回することで何とか逃げているが、一歩間違えれば自ら炎に飛びこみかねない。ギャンブル染みた回避を成功させながら、桜の汗が後ろへと流れて行った。
「高度を下げて屋内に避難を! そうすれば、追って来れません!」
ヴァネッサの指示が飛ぶが、高速で飛んでいる中で高度を落とすのは思っている以上に難しい行為だ。ほんの少しの角度や魔力量の調整ミスで地面に激突しかねない。
しかし、このままではいつかキマイラに追いつかれてしまう。鍛錬場に降り、最短で屋内に逃げるルートはそんなに短くない。勇輝たちの援護射撃が、どこまでキマイラを押し留めておけるかが明暗を分けるだろう。
桜は杖を握りしめ、反転すると動じに降下を始めた。
キマイラの下を潜るようにして加速すると、キマイラもまた身を翻して桜を追い始める。加速自体は桜の杖に分があるものの、最高速度という点ではキマイラに軍配が上がる。徐々に近付くキマイラに桜の表情が強張るが、そこに勇輝の声が轟いた。
「桜、こっちに飛び込んで来い!」
桜は何も言わず、その声に従ってわずかに速度を上げる。
勇輝はそこで通常のガンドを連続で三発放った。音速には至らないが、高速で飛んでいく魔力の弾丸。その目的はキマイラの排除ではなく、桜から距離を取らせるための脅しだった。
先程まで不可視にもかかわらずガンドに反応していたキマイラ。逆に言えば、通常のガンドであれば危険視して避けるだろうという勇輝の予想だった。それは大当たりで、床を転がるような動きでキマイラは横へとガンドを全弾躱していく。
そこに待っていたとばかりに放たれるマリーたちの火球の嵐。その速度はガンドに劣るものの、数では勝る。さらに顔面付近に着弾した爆炎が視界を遮り、キマイラの速度を落とすことに成功していた。
呻き声を挙げながら、それでも地上に降りた桜に向けて飛行し続けるキマイラ。そんなキマイラの獅子の顔面が半分ほど吹き飛んだ。
「悪いけど、ストーカーはお断りだ!」
不可視のガンドを避けさせ、火球の雨で避けるという行為を一時的に防御へと変化させる。その意識の切り替わりで放たれた、超高速のガンド。
キマイラが直前で気付いて首を捻ったのか、それとも単純に頑丈だったのか。眉間を貫く軌道だったガンドは、顔の左上半分を消し飛ばすに留まっていた。
翼の動きが止まり、頭から地面に向けて落ちていく。その高度はおよそ十メートル。その巨体で頭からとなれば、いくら頑丈な体であっても無事では済まない。
地面が揺れ、土埃が舞う。それでも、勇輝たちの中に杖を下げようとする者は誰もいなかった。
「おかしい。こんだけ暴れているのに、教授はおろかガーゴイルの一体も来てない」
「まさか、他にも何かが侵入しているとかか?」
マリーの推測に勇輝は魔眼で辺りを見回す。しかし、すぐに気付けるような異変は見当たらない。
ヴァネッサが地上近くまで降下すると、キマイラに杖を向けたまま叫んだ。
「何をしているの! すぐに寮でも教室でもいいから、中に避難しなさい! 私だけなら追われても、逃げ切ることができますから!」
ヴァネッサの指示に従うべきという考えと、一人に任せてはおけないという考えが脳裏に浮かぶ。いつもならば、自分たちの命を守る為にも戦うことを選んでいた勇輝だったが、今回ばかりは状況が違った。
キマイラに対処できる人員は年始といえども、多くいるはずだ。何せ、ここは王都。冒険者や王城勤めの騎士、魔術師たちが大勢いる。変に意地を張って残るよりは、責任があるべき人たちに任せることも必要だという考えに至った。
「……みんな、一度退こう。足手纏いになるつもりはないけれど、アレを相手にできる大人に任せるのも一つの手だ。何せ、この王都を守るプロがすぐ近くにいるんだからな」
「ちっ、仕方ないな。でも、どうしてもって時にはあたしたちも力になるってことで」
マリーが仕方ないとばかりに頷くと、それを合図に全員で鍛錬場の出入口に向かって走り出す。
「――いや、君たちに逃げられたら困るんだよね」
その時、出入口の影から一人の青年が姿を現した。
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