空からの刺客Ⅴ
さらに桜とヴァネッサの高度は上がり、二人の姿が小さくなっていく。
そんな中、わずかに吹いた風が勇輝には気味悪く感じた。思わず吹いてきた方向に振り返るが、そこには何もいない。
「どうした?」
「いや……、何か変な感じがしてさ」
「奇遇だね。僕もそんな感覚があった。何て言うんだろうね。これから嵐でも来そうな嫌な風だ」
特に魔眼で何か反応があるわけでもない。空に雷雲があるようにも思えない。
気のせいか、と勇輝は見上げながら桜たちの方を振り返ろうとして――その視界の端に黒い点のようなものが灰色の雲の中に見えることに気付く。
最初は鳥か何かかと思ったのだが、距離と大きさが一致していない。巨大な何かが、遠くからだんだんと近付いているようだ。
「おい、フェイ。アレが見えるか?」
「アレは……何かが落ちてきて――違うな。何かが滑空しているのか!」
大きくなるにつれて、二つの翼が見えるようになってくる。はばたくことなく、落下する力を翼で受け止めて加速と浮力を調節しているだけなのだろうが、明らかにこちらに突っ込んでくるような勢いだ。
ここまでわかれば十分だ。何か巨大な魔物が王都目掛けて突っ込んできている。すぐに上空に向かって声を張り上げる。
「二人とも! 空から魔物が突っ込んで来てる!」
その声に地上にいたマリーたちはすぐに反応するが、桜とヴァネッサには声が届いていないようで下りて来る気配がない。
勇輝はさらに大きな声を出そうとするが、冬の冷たい空気を吸い込んだせいか咳き込んでしまう。
「こういう時はな。こうやって無理矢理にでも気付かせるんだよ!」
マリーが杖を抜き放ち、火球を一発離れたところで爆発させる。すると、火球ががった時点でヴァネッサが既に気付いていたようで、こちらを見下ろしていた。
「なにごとですか!?」
「あっちから魔物が飛んできているみたいなんです! 一度、下りた方が良いのでは?」
フェイが勇輝の代わりに声を張り上げると、ヴァネッサは嘆息してわずかに高度を落とした。
「いいかい? この街を取り囲む結界が何重にも張り巡らせてあります。ドラゴン級の巨体が体当たりしない限り、無理に入ってくることはほとんどあり得ないんですよ? いったい、そんな魔物が――」
勇輝たちが指差す方を見て、ヴァネッサの表情が固まった。
既にかなりの加速をしているようで、その姿もはっきりと見えるまでに近付いている。
蝙蝠のような一対の巨大な翼、その下にある獅子の顔。そして、明らかに人の十数倍もあるような巨体であった。
「キマイラ!? 何故、こんなところに!?」
ヴァネッサは急上昇すると、桜の手を握り、降下を始める。強制的に始まった急降下に、桜の表情が凍り付いていた。
同時に空気が振動を始める。とんでもない爆発が起こったような轟音が鳴り響き、その振動で皮膚が痺れるような衝撃を受けた。音の発生源を見れば、街を囲む結界にキマイラと呼ばれた魔物が激突しているのが勇輝には見える。
白く輝く半球状の結界。それを突き破ろうとするキマイラに対し、いくつもの閃光が煌めき、その体を焼いていく。キマイラの獅子に似た身体は毛が焼け焦げ、肉が裂けるが、ものともせずに中へと前半身を潜り込ませた。
どこからか悲鳴が上がる。恐らく、魔物の侵入に気付いた人たちの声なのだろう。いくつもの魔法が尾を引いてキマイラへと向かって行く。
「おい、キマイラって――」
「前半身が獅子、後ろ半身が山羊。蝙蝠の翼に、蛇の尻尾。時には山羊の頭も一緒に生えていることもある魔物。ダンジョンに現れる魔物としては有名だけど、野生で見つかることはほとんどない、はず」
「って、ことは、どこかのダンジョンで氾濫があったかもしれないってことか?」
「でも、この近くにキマイラが出るダンジョンは、ないはず」
アイリスの言葉に勇輝は顔をしかめた。何せ、これと似た状況を既に一度経験している。
(本来いるはずのない魔物。近くのダンジョンで氾濫があった気配もない。そして、何より複数の生き物が融合した特徴を持つ魔物なんて、シルベスター伯爵領で起きた事件と一緒じゃないか!)
離れているはずの伯爵領と王都で起こった二つの魔物の出現。勇輝にはこれが無関係だとはどうしても思えなかった。
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