飛行訓練Ⅲ
鍛錬場の中に入ると、真っ先に目に入って来たのは、テーブルの上に置かれた鍋と食器。
当然の疑問が口を突いて出る。
「あの、これはどうやって用意を?」
「知り合いに頼んで用意してもらいました。運搬はもちろん私です。取手に箒の柄を通して、飛んできました。食器が木製なのは万が一落した時の配慮です。さぁ、さっさと食べて練習ですよ」
手を二回叩いて、食事を促すヴァネッサ。
次々に着席をしていく中、勇輝は果たして自分も食事をしていいか悩んでしまう。何せ、ヴァネッサが用意したのは、箒で空を飛ぶ練習をする生徒に食べさせるためだ。高い所は平気でも落下することに恐怖を覚える勇輝からすると、箒で空を飛ぶのは自殺行為に近い。何せ足場は見えないし、一歩間違えれば急降下は落下以上の速度を叩き出すことになる可能性がある。
「ほら、何をしているのですか? 朝食はその日一日の行動の質を左右する大切なものです。そんなことでは成長するものもしなくなりますよ」
「いえ、自分は箒で飛ぶのが無理なので、練習に参加しない身で頂くのは気が引けるというか」
「この人数では、余ってしまいます。残すくらいなら食べてもらった方が有難いです。ほら、早く席へ」
ヴァネッサは杖を一振りして、お玉で食器にスープを入れ始める。この寒い中、外に放置していたというのに、スープは冷めていないらしく、湯気を大量に放出していた。
「食べながらで構いません。簡単に箒の扱い方を口頭で説明しておきます」
ヴァネッサは自らの箒を浮かせながら説明を始めた。
「箒の中に風属性魔法を充填させます。魔法と言っていますが、純粋にマナとオドを合わせ、風属性に変換するだけの簡易な術式です。それを籠めることで上昇する力を得ることができます」
ただそれだけならば、誰も苦労はしない。問題は、その出力の仕方が難しいことだ、と。
出力の強さ、方向。この二点だけでも大事故につながりかねないという。その為、まずは魔法初心者が杖の先に火を灯す練習をするのと同じように、箒を浮かせた状態を維持するのが最初の実技訓練になる。
そして、それを安全に行える箒かどうかを見分けることも同じくらい大事なのだとか。
「浮力の向きは魔力の流れで調整できます。しかし、どんなにチェックしても、自然界で育った木を加工しているので癖が残ります。なので力まずとも、まっすぐ上に持ち上げられることが箒の良い条件です。私のようなレースで優勝を争うようになると、数百、数千の箒から自分の気に入る物を専門店で一日中探し続けることもあります」
この場合における専門店が、売っている店ではなく、箒を作っている店で、というのが恐ろしいところだ。
一本出来上がる度に試乗し、気に入らなければ次ができるのを待つ。それが国内で常に最速の称号を手にし続けてきた彼女のこだわりなのだろう。
「出来上がったばかりのものは、魔力を通すことで多少の修正も効きます。一般人がそれなりの速度で飛ぶ限りにおいては、そこまで心配する必要はありません。まず、一般的な箒で魔力の流し方に慣れたら、あなた自身の杖で試してみるといいでしょう」
「はい。ご教授よろしくお願いします」
「よい、返事です。では、食事が終わったら少しだけ休憩を挟んで、講義と実技を連続でやっていきましょう。それと、ミスター・内守。苦手であっても挑戦してみることは重要です。安全は私が保証しますので、やるだけやってみなさい」
有無を言わせぬヴァネッサの言葉に、勇輝は頷くことしかできなかった。
最悪、落ちそうなときは心刀の能力で転移をすればいいかと心に決め、スープを飲み干す。体の内側から温まり、頭の中が冴え渡っていく感覚に心地良さを感じながら、勇輝はスープをおかわりすることにした。
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