共歩きⅠ
サクラが目を覚ますとそこは洞窟ではなく平原だった。
慌てて、自分の現状を確かめようとすると、真下から声がかかる。
「あ、もしかして、目を覚ました?」
「え? ユーキさん!? なんで?」
ユーキに背負われて運ばれていることに気付き、動揺するサクラの後ろから、マリーが笑いながら姿を現した。
「魔力の使い過ぎで気を失ってたから、ユーキが運んでるんだよ。あ、荷物はケヴィンとあたしで持ってるから、気・に・し・な・い・で」
最後の部分だけやたら強調をしたマリーのせいで、サクラの頬が朱に染まる。無理矢理にでも降りようと考えたが、足に力が入らなそうなので、諦めてユーキに体を預けた。その視線は定まることなく泳いでいたが、ユーキの横顔に目がいってしまう。
「そ、その、ユーキさん。重くないですか?」
「もちろん。女の子は軽いって聞くけど、あれって本当だったんだな」
「ひぅ……」
サクラの口から、変な声が漏れた。
身体強化を使っているから余計に軽く感じているのは、ユーキも無粋なので黙っている。仮に重かったとしてもここで口にすれば一生口を聞いてもらえなさそうなことは、流石に察していた。女子に体重・ウェスト・年齢の話は禁句である。
「まぁ、もうすぐ日も暮れるし、そろそろキャンプってとこかな」
「ここまで長くこのダンジョンに潜ったことはなかったけど、外の時間と連動してるんだな」
「まぁ、そうしないと帰り時が分からなくなるからね」
フェイとケヴィンもダンジョンの仕組みについて話しながら、荷物を下ろして夜に向けた準備を始める。既にアイリスは地の魔法で周りに壁を作り始めていた。
その姿を見て杖を抜こうとしたサクラの手をマリーが掴んで止めた。いつもの悪戯な笑みとは違い、天使のように微笑んでサクラを気遣うと、自らも魔法で壁を作り始める。
その姿を前にユーキは背中にいるサクラへと呼びかけた。
「頑張り過ぎだよ。いつも張り切ってると大切な時に踏ん張れなくなるからさ。今は休むことに全力を尽くしてよ」
「でも、なんか一人だけ何もしてないし……」
「そんなこと言ったら、俺も今何もしてないよ」
「それは、私が……うー」
ああ言えばこう言う、と何を言っても動くことを許可してくれないユーキにサクラは頬を膨らませると、観念したのかユーキに体重を完全に預けた。
「じゃあ、食事を作る時には起こしてくださいね」
「ハイハイ」
「ハイは一回」
「俺の母さんと同じことを言うなぁ」
苦笑いしながらユーキが空を見上げると、偽物の空なのに群青に染まり始めていた。夕日の近くには僅かに瞬く一番星が見え始めている。
「『星はすばる ひこぼし ゆふづつ よばひ星 すこしをかし』か」
「枕草子ですか。いいですよね。昔の人も今の人も同じ空を見て思うことは同じなんですから」
「あぁ……たとえ作られた空でもこんなに綺麗なら――――」
途中まで返事をして、ユーキはふと口を噤んだ。一拍二拍と心臓が鼓動を打つたびに音が大きくなっていく。サクラの言葉を自然に受け入れていたが、そこには明らかにサクラの口から出るはずのない言葉があった。
「サクラ、今なんて……?」
「え? 昔の人も今の人も思うことは同じなんだなって」
「その前」
「枕草子のこと?」
枕草子は清少納言の書いた随筆だ。それは遡ること千年ほど前になる。その内容をサクラが知っているということは、ユーキのいた時代とこの世界がかつても繋がっていたということの証に他ならない。
「それ、どこで読んだ?」
「読んだというか、昔、お父さんとかお母さんが聞かせてくれたのを覚えていただけかな」
「そ、そうか。まさか、知っている人がいるとは思わなくてさ」
「うちのお父さんとお母さん。書物を読むのが大好きだから、多分、知っている人は知ってるんじゃないかな?」
空笑いをしながらユーキは冷や汗をかいていた。まさか、自分の世界への手がかりが自身の背中にいるとは思ってもいなかったからだ。
「これは和の国にも、ちょっと行ってみないとな」
「何? 和の国に行きたいの?」
「そうだね。故郷を離れていると懐かしく思ってしまうのはよくあるじゃない」
そう答えるとユーキの前にあったサクラの腕に力が入り、背中のぬくもりをより強く感じた。別の意味で心臓が跳ね上がりそうになったユーキの耳元にサクラの声が届く。
「ねぇ、ユーキさん。足って速い?」
「え? 何、急に?」
「もっと……強くなってくれる?」
「え、ま、まぁ、強くなりたいとは思っているけど、さ」
サクラの言っている真意が読み取れず、勇輝は動揺する。
「そう……。じゃあ、大丈夫かな……」
「え、それって、どういう意味さ?」
意味深な言葉を残したサクラを見ると、そこには目を瞑って寝息を立てる顔が飛び込んできた。元の世界への手がかりとサクラの謎の質問に首を傾げていると、フェイから声がかかる。どうやら野営地の準備ができたらしい。寝ているサクラを起こさないようにユーキは、そっと足を踏み出した。
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