新しい杖Ⅶ
同時刻・シルベスター伯爵領。
ポピーは執事やメイドたちと共に新年を迎える為に、いつもよりも遅くまで談話室に籠って話をしていた。
その話の中心は、先日に訪れた魔法学園の生徒――勇輝たちだった。
「なかなか面白い子たちだったわね。ビクトリアちゃんの長女のクレアちゃんは雰囲気的にアレックスちゃん寄りだったけど、しっかりしてて頼もしかったし、メイドのメリッサちゃんは純の早いし――執事長にも見習ってほしいわね」
「御言葉ですが、奥様。私がその行為を許されるということは、他の執事たちに示しが尽きません。どうか一線を引かせていただきますよう御願い申し上げます」
「これだから、つまらないのよ。本当は甘い物とか食べたがってるのを知っているんだから」
「そ、それとこれとは別問題です」
「否定はしないのね。無理は体に悪いわよ」
そうポピーは告げて、執事長に向かってこれ見よがしに果物が乗せられたバスケットが見えるように移動する。当然、直立不動でいた執事長の視界に果物が入ると、わずかにその表情が歪んだ。
数秒間耐えていたようだが、彼は目を瞑ることで己の欲を封印することにしたようだ。
「本当に頑固ね。いえ、我慢強いと褒めるべきかしら。その点、黒髪の彼もなかなか我慢強そうだったわね」
「和の国の刀を持っていた子ですね。魔眼も使えて、死の一撃クラスのガンド使い。おまけにあの刀で何でも斬れる。今の内に騎士として雇ってしまうのはどうでしょうか?」
「確かに、あの能力ならその手もありかもしれないわ。でも、それは無理ね。もう彼は自分の仕えるべき相手を見つけているようだから」
ポピーはカップに軽く口を付けて、口に紅茶を含むと静かに目を閉じた。
――何十年と磨いてきた魔法の知見を上回る魔眼の捕捉精度。
――ほとんど目に映らない、詠唱入らずの死の魔弾。
――金属鎧の強度を上回る物体の切断。
そのどれか一つをとっても脅威なのに、全てを保有する勇輝にポピーは恐ろしさを感じていた。
天は二物を与えずなどという言葉があるが、少なくとも、その言葉が嘘であったことを証明する存在がいたことは確かだ。
そして、その勇輝が常に気をかけていた少女。桜もまた稀有な存在だとポピーは見抜いていた。
「使い魔の遠隔操作だけならば、おどろきはしなかったけれど、そこから魔法を放つとはね。使い魔自身の体を魔法の発動媒体にするというのは、なかなか面白い発想ね。同じ羽の鳥は一緒に群れるというけれど、彼の周囲に集まる人々を見てみたいものだわ」
「それは面白いですね。今度、箒で空を飛ぶ訓練を学園に教えて上げに行くのはどうでしょう?」
「あぁ、それは止めておいた方が良いわ。彼、高い所は苦手みたいだから、下手をすると死んでしまいそうだもの」
ポピーが却下するとメイドの何人かは露骨に肩を落とす。それが何を意味するかポピーは理解できていたので、苦笑を禁じえなかった。
メイドたちの珍しい姿にどう言葉をかけたものか、と悩んでいると、廊下から普段は鳴り響かない大きな足音が聞えて来た。
談笑していた部屋の空気が一変し、みなの表情から笑顔が消える。
「――失礼します!」
「騒がしいですよ。いったい何事ですか?」
現れたのは年若い執事だった。両手で扉を開け放ち、息を切らせている。
執事長が静かに、しかし、はっきりと批難の言葉を口にするものの、ただ事ではない様子に用件を問いただす。
「み、見回りの騎士から、報告です。林の向こう側から、巨大な空を飛ぶ魔物の姿が!」
その言葉に部屋の空気が凍る。
空を飛ぶ魔物は数あれど、その中で巨体を誇るものは、そう多くはいない。その中で真っ先に警戒すべき相手として浮かんで来るのは、当然ながらドラゴンだ。
ポピーは杖を引き抜いて立ち上がった。
「全員、戦闘準備に入りなさい。あの人のいない隙に領民に被害を出すわけにはいきません。あなた、敵影の詳細と方角を。流石にドラゴンを相手に戦って無傷とはいかないでしょうが、追い返すくらいのことは――」
「いえ、奥様。それが魔物は確かに空を飛んでいるのですが、体に比べて翼が小さいというか――ドラゴンには思えない姿をしているそうです。それと、向かっている方角ですが、街ではなく東の方だと聞いております」
その言葉に一瞬、ポピーの踏み出し掛けた足が止まる。しかし、次の瞬間、足早に彼女は部屋の外に向けて加速する。
ドラゴン、ワイバーンの類でなく、空を飛ぶ巨大な影。それだけでは本来、すぐに魔物を特定するには至らないのだが、彼女の中には確信にも似た考えが浮かんでいた。
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