新しい杖Ⅲ
勇輝は腕時計の視線を落とす。時刻は深夜零時に近付いていた。
ロジャーの言う「日を跨ぐまで」という条件を満たすまで、あと少しだ。幸い、桜はポーションを定期的に補給しながら会話を続けている為、魔力切れは起こしていない。
「さて、そろそろ十一時の鐘が鳴ってから時間が経ったな。そろそろ外に行こうぜ」
「確か、みんなで火球を撃ち上げるのが、新年を迎えた時の決まりなんだっけ?」
「そうそう。やっぱり新しい年を迎えたら明るくなって欲しいって思いがあるんだろうな。まぁ、寝ている家の人には悪いけど、何分間も続くわけじゃないからこんなときくらいは許してくれってね」
マリーは、もちろん手加減はする、と慌てて言葉を付け足した。恐らくは、フェイが何か言いたそうな顔をしていたからだろう。
現在のマリーの魔法は相当な威力がある。そんなものを撃ち上げた日には騒音問題の前に、何かしらの結界を破壊してしまうのでは、と勇輝は考えた。。
(いや、流石にマリーだけの魔法で壊れる結界なんて、そんな脆い物が王都で使われているはずないか)
勇輝は一瞬でも下らない想像をした自分が馬鹿らしく思えた。一度、ガンドで結界を破壊したという過去があったからこその想像だが、冷静に考えれば普通は結界が破壊されるなどありえない。
ただ、そのような考えに至ると、今度は破壊した勇輝はいったい何だったのかという疑問が浮かんで来る。
自分の魔法がどんなものかを知ること。それは桜の父である広之からも出された課題であった。
勇輝自身も知らない内にデメリットが積み重なっているかもしれない。広之はそれを心配していた。
(本当にヤバかったら、心刀が止めてくれそうだけどな)
『ほー、少しは俺を信用するようになったか。そいつは嬉しいね』
頭の中に響く心刀の声だが、その声音には喜びの感情が乗っていない。どちらかと言えば、呆れているように聞こえた。
心刀を手に入れてから共に過ごしていく内に、何となく言葉の裏にある感情のようなものを読み取ることができるようになった。だからこそ、勇輝はガンドの話題において心刀が「呆れる」という感情をわざと出して、何か隠し事をしているような気がしてならなかった。
心刀の口癖は「俺はお前だ」というものだ。それは勇輝の体の中で起こっていることを、勇輝以上に理解している可能性もある。その上で黙っているとするならば、その理由はなにか。
簡単にはその答えは浮かんで来ない。
『ま、お前の考えていることはわかる。その時が来るまで待ってろ』
(何だろう。「その時」が来たら、とんでもなくヤバい状況のような気がする)
思わず身震いをする勇輝だが、心刀はそれ以上何も言っては来ない。ただ、わざわざ勇輝の思考を呼んで話しかけて来たということは、何かしらの秘密があるのだという確信を得ることができた。
「勇輝、置いてく、よ」
「おっと、悪い悪い。今行く」
心刀との会話に集中していたせいか、みな席を立って扉へと向かっていた。
勇輝は慌てて立ち上がると、イスが音を立てて床を滑る。倒れそうになったところを何とか片手で背もたれを捕まえ、元の位置に戻した。
「なーにやってんだ。もしかして、勇輝。もう眠いんじゃないのか? 前もいろいろあって眠そうにしてた時あったもんな」
「大丈夫だよ。ちょっと、こいつとおしゃべりしてただけだ。間違っても、変な魔物が侵入してるとかないから安心してくれ」
「お前が言うと、本当に何か来てるんじゃないかって、心配になるんだよな」
「そんな理不尽な」
マリーの謂れのない言葉に笑いながら、勇輝は扉の外に出る。桜がカギをかけたのを確認して、寮の外へと歩き始めた。
「それで? 俺たちはどこに行くんだ?」
「街を見ながら火球を上げても安全な場所。つまり、魔法学園を囲む城壁の南側に行くんだって」
桜は杖を強く握りしめながら笑う。
ファンメル王国で過ごすイベントは、何もかもが初めて。その為か、桜は珍しく先頭の方を歩いていく。
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