迷宮Ⅸ
「おいおい。さっきの瀕死の奴はどうしたんだよ?」
「くっ、こいつらも含めて四体か。面倒なことになった」
マリーとフェイが動揺する中、アイリスは魔力を杖に集中させ始めていた。詠唱を始めない辺り、複雑な魔法を行使するつもりであることが伺える。対してユーキは、敵が踏み込んでくるまでに時間があると踏んで魔力を集め、ガンドの装填をしながら敵を魔眼で観察する。
「(こいつらの中で真ん中の一体だけが色が濃い……)」
その微妙な違いを見分けつつ、ユーキは隣のフェイへと数歩近寄る。ゴブリンキングは岩が邪魔で前に進めず蹴ったり殴ったりして崩そうと躍起になっていた。
「なぁ、ゴブリンキングってどれくらい強いか知ってるか?」
「実際に見たことはないけど、魔法の一発、二発で沈むもんじゃないのは確かだよ。規格外の君の魔法は別のようだけどね」
フェイが焦りを感じながらも答える。その視線は左右に動き、どこかに活路を見いだせないかと彷徨っていた。
「フェイ、多分だけど、真ん中の奴が一番強い。他の奴は見掛け倒しだ」
「根拠は?」
「勘と言いたいけど、それじゃ信じないよな。俺、ちょっと特殊な魔眼持ちなんだ」
「なるほど。で、どうする?」
流石にこの場を切り抜けるには、情報を出し渋っていると全滅しかねない。そう判断してユーキはフェイに打ち明けると、すんなりとフェイは受け入れて革袋を漁りだす。
「まだ壁が壊れ切っていない今がチャンスだ。俺のガンドでできるだけあいつらにダメージを与える。できるだけフェイは時間を稼いでほしい」
既に二人が考えていることは同じだったのか、ユーキが差し出した手の上とフェイが取り出した物体は全く同じだった。
「突破されるまではそいつで目くらまし。突破された時には無理のない範囲で体張ってくれ。お前の素早さならできるだろ」
「へぇ、意外と僕の戦闘も見てたんだね。ちょっと見直したよ」
「あ、あたしも魔法を撃ちこみまくればいいんだよな?」
蚊帳の外だったマリーが慌てふためきながらユーキに指示を仰ぐ。
「そうだ。とりあえず片っ端からアイツらの顔面に叩き込んでやれば攻撃の手が緩むだろう。その間にサクラが回復すればこっちのもんだ」
息を荒くして、目を瞑ったままのサクラを座らせてユーキは前に出る。
「さーて、俺の魔力が尽きるか、お前らの命が尽きるか。全賭け勝負と行こうか!」
「『地に降り立つ雫を以て、その意を示せ。すべてを飲み込む、濁流の監獄よ』」
ユーキの呟きと同時にアイリスが詠唱を終える。水の中級汎用呪文。荒れ狂う水の竜巻の中に敵を閉じ込める魔法だが、アイリスはそれを壁の向こう側に三個も出現させてゴブリンたちを巻き込んでいく。
高い天井まで水と共に巻き上げられたゴブリンたちは、そのまま空中に放り出され、地面へと落とされていく。頭から落ちた者は絶命し、運よくその他の場所で着地できた者も骨折や内臓破裂で無事では済まない。ゴブリンキングも巻き込まれては敵わないと、崩壊し始めた壁を掴み吹き飛ばされないようにしている。
何とかして壁を乗り越えようと顔を上げた瞬間、複数の爆発がその顔に叩き込まれた。
「まずは一体!」
ユーキのガンドが二発にマリーの火球魔法が壁を乗り越えようと体を乗り出したゴブリンキングの顔に直撃し、吹き飛ばす。
しかし、不運なことにその余波でユーキたちを守っていた岩の壁がついに崩落した。間からはゴブリンが複数体入り込み、ユーキたちへと迫りくる。フェイが前に出ようとしたときに、そこにケヴィンが割って入った。
「『さ、逆巻き、切り裂け。汝、何者にも映らぬ一振りの刃なり』」
思いっきりメイスを振りぬくと、刃どころかゴブリンキングの二の腕はあろうかという太刀筋がゴブリンたちに刻まれる。ちょうど胴にあたる部分がごっそりと吹き飛んでいた。一瞬のことでゴブリンたちは何が起こったかわからなかったのだろう。地面に倒れ伏してやっと自分の体に刻まれた傷に気が付き、大声で喚き始めた。
耳障りな悲鳴が上がる中、ケヴィンはポーションを飲みながら片膝をつく。
「おい、大丈夫か?」
「ご、ごめん。僕が攻撃魔法を使うと範囲が大きくなるんだ。最初に言っとけばよかった」
「いや、グッジョブだ。今のでゴブリンも迂闊に攻め込んできていない。後は二体のゴブリンキングをどうにかしよう」
「悪いね。後一体だ」
自慢気にマリーが声を上げると同時に、上半身が焼け焦げたゴブリンキングが壁の向こう側へと倒れていった。
「残るは……あいつか」
最後まで残ったゴブリンキングは他の者が倒れたにもかかわらず、堂々とユーキたちへと突き進んできていた。
「身体強化――――制限解除」
僅かにユーキの近くで風がそよぎ、頬を撫でた。サクラやマリーの髪がその風に巻かれ、ふわりと浮き上がる。その髪が落ちるまでのごくわずかの間にフェイの体はゴブリンキングの間合いの中へと進んでいた。
――――ゴッ!!
鈍い音がゴブリンキングの右脛から響く。モンスターも人と骨格構造は一緒なのか、大きな悲鳴を上げて膝をついた。そのままフェイは空中に飛び上がり、自らの体重を乗せてゴブリンキングの首へと突きを放つ。
しかし、仮にもキングの名を冠する者。咄嗟に首をひねり、薄皮一枚でフェイの攻撃をやり過ごす。危うく、地面に激突しそうになったフェイは、すかさず飛び退いてゴブリンキングの間合いから離れた。
「グッ!?」
「悪いな。こっちの剣の方がちっとばかり痛いぞ!」
ゴブリンキングがフェイに気を取られた一瞬、ユーキも刀を抜き放ち、フェイと共に攻撃を放っていた。幸か不幸か、フェイの速さに着いていけず遅れる形となったが、避けた直後のゴブリンキングの首を三分の一ほど切り裂いた。頸動脈まで達した傷口からは瞬く間に血飛沫が舞い、地面を赤黒く染めていく。
流石のゴブリンたちもキングが四体も倒された姿を見て分が悪いと思ったのか、我先にとユーキたちから離れていく。尤も、それを逃すユーキたちではなく。アイリスの水の竜巻とユーキのガンド、マリーの火球がゴブリンの群れを蹂躙し、死屍累々にして見るも悍ましき屍山血河を築き上げた。
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