料理開始Ⅷ
桜に言われた通り出汁を取り、漉す。
それを灰汁を取っていたフランが苦笑いしながら話しかけて来た。
「カツオ節、でしたっけ? 日ノ本国では、そういう食材もあるんですね。こっちにはないものを見ると、やっぱり商人の血が騒いでしまうというか」
「完全に職業病だな。それなら桜に後で聞いてみるといいんじゃないか? こっちにはない調味料とかもあるだろうし。それか学園内にある食堂に行ってみるとか。あそこ、日ノ本国の料理が良く出るから」
「え、そうなんですか? じゃあ、来年はそっちで食事をとってみようかな……」
フランはご機嫌そうに灰汁を流しに捨てて戻って来る。十数分のモヤモヤが解消されて、しかも彼女にとって有用な情報源が手に入れられたのだから、その気持ちもわからなくはない。
「……さて、下茹で一回目。一度、火を止めて、ふたを閉める、と」
「これで待つの、ひま」
アイリスがフラン同様に鍋をじっと見始める。早く食べ始めたい彼女にとっては、ある意味で辛い時間だろう。
「こういう時間が長いから、みんなで話しながらやるのが楽しいんだよな」
心の中では、これを毎日三回やるというのは大変だという気持ちも湧いている。世の料理をする人々は、当然、短い時間で作れる料理も知っているのだろう。だが、そうだとしても、大変なことには変わりない。
「この後は?」
「もう一回同じことをしたら、桜の合わせた調味料とさっきの出汁を混ぜて煮るんだ。確か、ゆで卵も作って、ついでに入れるんだったっけ」
「早く、食べたい!」
蒸らしている間は何もできないが、それでもアイリスは鍋の周囲を猫のようにうろちょろする。
勇輝はそんな彼女を尻目に桜の方へと歩いて行った。桜もある程度、料理を終えたようで、待ちの姿勢に入っている。
「お疲れ。まだ少ししかやってないけど、一息付けるな」
「そうだね。この時間がどうなるかと思って、少し心配してたけど、みんな楽しそうに話をしてるみたいで良かった」
「最近はまだマシだけど、こっちに来た頃は本当に事件ばかりでゆっくりできなかったからな。本当、日常の大切さを思い知らされたよ」
「勇輝さん。その言い方だと、また忙しい日々が始めるみたいじゃない?」
桜が頬を膨らませて、勇輝の顔を覗き込んでくる。その頬を指で押しながら、勇輝は逆に問いかけた。
「真剣な話、ここでずっと平和な時間が続くと思う?」
「続いてほしいけどね……勇者の予言とかのことを考えると、無理っぽいかな」
魔王の復活に備え、勇者を探すこと。
その言葉を星神から受け取った聖女がいて、実際にその候補が見つかった。それは言い換えると、魔王の復活が本当に近付いているということでもある。
最悪の場合、今、この瞬間が、最後の平穏になる可能性すらあった。
「結局、魔王って何なんだろうね。目的も何もわからないし」
「俺の魔王のイメージだと、世界征服とか、世界を滅ぼすとか、そんな感じかな。いずれにしても人間側が悲惨な目に遭うのは確定だな。良いことなんて一つもありゃしない」
「そうだよね。どんな姿をしているかもわからないけど、危険だってことはわかってるのは不思議だけど」
マリーやアイリスたちが大声で会話し、フェイやソフィが窘めながらも笑顔でいる光景を見ながら、勇輝は考える。
元の世界に戻るのも大切だが、この仲間たちがいる世界を何とか守ってから戻れないか、と。
「でも、御伽噺で伝わってる部分はあるんだよね。その話、調べてみたら、何かわかるんじゃないかな?」
「バジリスクの名前や恐ろしさは、サケルラクリマの国にも残っていたし、ありえそうだな。もしかして、この国のどこかにもそういう話があるかもしれないな」
「じゃあ、今度、時間がある時に図書館に行ってみようよ。司書さんに聞けば何かわかるかもしれないし」
「良い考えだ。図書館が開くのは年始の三日間が過ぎてからだから、それ以降で、か」
話に一区切りついた勇輝と桜は、どちらからともなく、仲間たちの下へと歩いていく。いつまで続くかわからない平穏を一緒に楽しむために。
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