料理開始Ⅶ
あまりにも真剣なので勇輝がどうしたものかとフランの顔を覗き見る。
「別にそこまでじっと見つめてなくても大丈夫だぞ。灰汁取りだって、適度にやればいいんだから」
「そ、そうですよね。ただ、この前まで食品関係の商売をしていたので、何というか……どうすればおいしくなるかとか、そういう思考が止まらなくなってしまって」
「それ、商売人じゃなくて料理人の思考だな。隠し味でも見つけて、特許にでもするか?」
「うーん、それに近いものはあるかもしれません。とりあえず、何にでも興味をもつことが大切――という商人魂だと思います」
どこに商売のタネになる者が転がっているかわからない。そういう意味では、常にアンテナを張り巡らせる必要があるの彼女の言い分は間違っていない。
「ほどほどにな。みんなで楽しくやるのが今日の第一優先目標だから、一人だけ乗り遅れたらつまらなくなるし」
「それもそうですね。じゃあ、ちょっとだけ今日は商人をお休みします。いつもは、こんなんじゃないんですけど、年末に働き過ぎた弊害かもしれません」
新しい販売形態である出店を導入するよう商人ギルドに働きかけたという話は、桜の部屋でも聞いていた。
新しい物や金の稼ぎに繋がる物に敏感な商人ギルドは、その点において、保守派は少ないと思われる。しかし、そこで新人があれこれと活躍できる場があるかと言えば、そうではないはずだ。
ファンメル王国を離れていた数ヶ月。フランがどれだけ大変な日々を送っていたかは想像だに難くない。本人は年末だけに焦点を絞っているが、恐らく、常に全力で走り続けていたはずだ。
「ところでだけどさ。ルビーに宿った魔力に余裕は? ほら、この前も魔法を連射してもらったし、出来る時に魔力を入れておく方が良いんじゃないか?」
「この鍋いっぱいの水の中からスプーン一杯を取り出したような感覚ですね。でも、あればあるだけ困りはしませんから、補充は大歓迎ですよ」
そう言って、フランはルビーのついたネックレスを持ち上げて勇輝の方へ差し出した。
どのような魔力も火の魔力に変換する。それがロジャーから教えてもらった特性だ。常に火の魔力を欲する吸血鬼の真祖としては、人を襲う衝動に駆られない為の必須アイテムと言っていいだろう。
魔力をルビーに流すと、触れていた勇輝の手に熱が伝わって来る。
「初めて、ルビーに魔力を流したけど、結構、スムーズに入っていくな」
「ドラゴンブレスを浴びながら、原形を保っていたんですよね? それだけ強固で、器も大きいということなんだと思います」
フランは落ち切った砂時計を見て、ひっくり返しつつ、会話を続ける。
ちょうど灰汁が溜まったので、お玉ですくって捨てる。その作業の為に勇輝は一度、手を放した。すぐにひんやりとした空気が指先に残った熱をさらっていく。
(かなり魔力を取られたな。この十数秒で一割近く。かなり効率がいいけど、逆に不安に思える部分もなくはない)
そこの難しい話は、魔法に詳しいルーカス学園長の分野だろう。魔法学園に通いながら商人としての活動をしているので、ルーカスも気にしているはずだ。困ったことがあればソフィたちから連絡も行きやすいので、最悪の事態は防げると信じたい。
「勇輝さん。今の内にやりたいことがあるから、アイリスと一緒に来て欲しいんだけど……」
「わかった。アイリス、行こう」
「ご・は・ん。か・く・に。サーラダ!」
リズムに乗りながら前を行くアイリスに和みつつ、勇輝は桜の下へ向かう。
そんな彼女からの頼みは、コンブとカツオで出汁を取ること。
「水にコンブを入れて、小さな泡が出てきたら取り出す。その次に火を止めて、カツオを入れたまま数分待ったら完成」
「火の強さは?」
「中くらい。はい、これをお願いね」
そう言って渡されたのは既に水とコンブの入った鍋とカツオ節が入れられた大皿。鍋を勇輝が持ち、大皿をアイリスが運ぶ。
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