料理開始Ⅴ
赤い液体の入った小瓶。およそ、コップ一杯分の量くらいだろう。
「あの、これは?」
「お肉を煮込むなら、これを入れるとおいしくなるはずです。お店でこの類の物を生徒たちは買えないから、これは私からのお節介。間違っても、そのまま飲まないように」
そう告げたヴァネッサは踵を返して厨房を立ち去ろうとする。その姿が扉の向こうへと消えかけて、彼女は頭部だけを影から出した。
「もし、美味しかったら、年始の空き時間に箒で飛ぶ特別講義をしてあげます。なんだったら、そのまま認定試験を開いてあげてもいいですよ」
「うぇっ!? 本当に!?」
マリーが目を飛び出さんばかりに見開いて大声を上げる。その拍子にミニトマトが一つ、皿から零れ出てテーブルの上を転がった。そのまま床へと落ちそうになったのをフェイが慌てて空中でキャッチする。
「えぇ、私、嘘は嫌いなので。もちろん、マンツーマンに近い指導になる分、厳しくいきますから、そのつもりで」
頭を引っ込め、手だけを見せて振ったヴァネッサは、靴音を響かせて帰っていく。
あまりの衝撃的な発言に、厨房の時間は止まったままだ。何せ、王国一の飛行魔法の使い手の授業が少人数で受けられるなど、そうあることではない。加えて、その場で飛行免許の試験を行ってもらえるなど普通はあり得ないはずだ。
「あの先生、酔ってたんじゃないのか?」
勇輝は小瓶を摘まみ上げて、中身の匂いを嗅いでみる。
予想はついていたが、やはり中身は酒――赤ワインであった。確かに豚や牛の肉には赤ワイン。魚などには白ワインが合うと聞く。今回の場合は、一緒に飲み食いするためではなく、似る為にということだろう。
買い物の時に、学生はアルコール類の購入が制限されていて、桜が悔しがっていたことを勇輝は思い出した。
酒と煮ることでアルコール成分と一緒に臭みを飛ばしたり、肉自体を柔らかくしたりといいことづくめだ。それなのにできないというのは、料理を作る側からするともどかしい気持ちになるに決まっている。
では、その手に入るはずの無かった酒を見た桜は、どのような反応をするか。恐る恐る勇輝が振り返ろうとすると、とてもいい笑顔で小瓶の中を覗き込もうとしている桜が、既に横にいた。
「良かった。日本酒は無理でも、こっちのお酒で代用できると思ってたのに、買えなかったからどうしようかと思ってたんだ。ヴァネッサ先生に感謝しないと」
「いやいや、もっと驚くところだろ? あの最速の名を冠するヴァネッサ先生の特別授業なんて、そう受けられるものじゃないって!」
マリーは慌てた様子で、桜の前に回り込む。
「今回、魔法学園じゃあ、領地に戻っていた貴族の生徒が戻って来て、各々が興味のある授業の教員がいる所に顔を出す形で学習していたのは覚えてるよな?」
「うん。私たちも送れながらだけど、それに参加してたじゃない」
「そうだけどさ。ヴァネッサ先生は、それの受付を停止してたんだよ! 何でもその速度を活かして、ギルドでは扱えない機密情報をあちこちに運んでたんだとか言われてる」
「まぁ、マリーの実家でいろいろあったし、そういうこともあるよね」
マリーのテンションに引きずられることなく、桜は勇輝の持っていた小瓶を受け取り、蓋を締める。いくつか並んだ食材の脇に小瓶を置くと、再び、料理の準備に取り掛かった。
その様子に不満気な唸り声を上げるマリー。傍から見ていたフランが、鍋とマリーを交互に見ながら問いかける。
「マリーさんは、飛行魔法を使えるようになりたいんですか?」
「当たり前だろ! 箒で空を飛ぶのは小さい頃からの夢だったんだ。だけど、危ないからって練習すらさせてもらえなかったんだ。その為なら、あたしは何だってする!」
「意外ですね。マリーさんにも、そういう夢があったなんて」
「どういうこと? もしかして、悪戯とか好き放題やっているから、そんな夢とか目標なんて持ってないと思ってたか?」
さらに一段と大きな唸り声をあげ、マリーは両手の指を獣の爪の如く曲げてフランににじり寄っていく。
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