料理開始Ⅳ
豚肉を敷き詰めた鍋を火にかけて、しばらくすると少しずつ煮立ってくる。
火加減を強すぎにならないように調整し、次の工程の準備を行う。
「――とは言っても、下茹でに時間をかけるから急がなくても大丈夫だけどな」
「ゆっくり確実に、ですね。あ、灰汁取りは任せてください。きっちり取って、雑味を排除。こういう地道な作業って、結構好きなので」
「ふたを開けすぎずに頼むよ。俺たちはショウガとゆで卵の用意をしておくから」
フランに鍋の方は任せ、勇輝はアイリスと卵を手に、次の鍋を用意し始める。
「勇輝は、ゆで卵は半熟派? 固茹で派?」
「うーん、俺の好みは半熟かな。中の黄身がトロッと流れ出て来るのと同時に、何とも言えない風味が口の中全体に広がるのがいいんだ。あと、固茹でだと口の中の水分を全部もってかれるから、苦手って言うのもある」
「わかる。前に、のどに詰まらせそうになった。あれは、凶器」
「いや、それは言いすぎだろ……」
勇輝は苦笑いこそしているものの、急いで食べ物をかっこんで詰まらせかけた経験がある為、内心はアイリスの訴えに共感していた。人間はほんの少しの下らないことで命を落とすものだと、当時は悟ったものだ。尤も、目の前の食べ物のおいしさに目が眩んで、その数秒後に同じことを繰り返した黒歴史も同時に浮かんで来る。
その横ではフェイたちがサラダを作るべく、野菜を切っているのだが、マリーは皿にどう盛りつけようかと首を傾げていた。
「さて、サラダはさっと作って、とか思ってたけど、あたしのところの料理人みたく盛りつけたくなるな。こう考えると、料理する側っていろいろ考えて作ってるんだな。――ところで、桜は何をしてるんだ?」
サラダ担当班のマリーが振り返ると、桜はご飯を鍋で炊く準備を終え、別の作業に移っていた。
「言ったでしょう。秘密だって」
珍しく桜がマリーに悪戯っ子な笑みを浮かべる。マリーもそれは意外だったようで、鳩が豆鉄砲をくらったような表情になっていた。
完全に動きが止まってしまったマリーの肩にフェイの手が、手首にソフィの手が触れる。
「ほら、さっさとしないと野菜を切る場所がなくなるだろう?」
「マリーちゃん。口を動かす前に、手を動かさないと」
少し面倒そうな表情を浮かべるマリーだが、それでも二人に言われては逃げ出すわけにもいかないのだろう。指の関節を鳴らし、切られた野菜を皿へと乗せ始める。
各々の作業が軌道に乗り始めてしばらくすると、厨房の入り口から女性の声がかかった。
「あなたたち、ちょっといいかしら?」
振り返ると、そこにはいかにも「魔女です」と言わんばかりの恰好をした女性が立っていた。
紫がかったローブに三角帽子。手には箒を持ち、もう片方の手には小さな瓶を抱えている。半月状の眼鏡を越しの琥珀色の瞳が、勇輝たちを一人ひとり眺めて観察しているように見えた。その眼光の鋭さから、普段、厳しい授業をしているのだろうと想像できる。歳は二十代後半といったところか。
「ヴァネッサ先生。どうしたんですか?」
「あぁ、ミス・コトノハ。あなた方が、ここの厨房で料理を作るという話は聞いています。ただ、火を扱う以上は寮の監督者として、見回りが必要だと思って顔を出したのです」
「お忙しいところ、わざわざありがとうございます。火事にならないよう、細心の注意を払います」
「えぇ、そうしていただけると、わたくしも助かります。ところで、メインの料理は何を?」
「豚の角煮になります。和の国のソースで豚肉を煮る単純な料理です。後で、先生にもお持ちしますが、苦手な物とかはありますか?」
桜が説明すると、ヴァネッサの表情がわずかに綻ぶ。その様子に厨房内の張り詰めた空気が幾分が和らいだ。
「お気遣い感謝するわ。好き嫌いはしない主義なので、いただけるだけで結構よ。こんな時に無理なことを要求して悪かったわ、ミス・ローレンス。」
「い、いえ、とんでもありません」
緊張した面持ちでマリーが返事をする。それが面白かったのかヴァネッサは小さく笑うと、持っていた小瓶を近くのテーブルに置いた。
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