迷宮Ⅷ
ゴブリンキング。その悪性は多くの女性に忌み嫌われるが、冒険者たちからも嫌われる。その最大の特徴がゴブリンキングの所有するマントだ。
その誕生の瞬間を見た者がいないため、ゴブリンキングが生を受けたときから所有する物なのか、それとも何かしらの技術で作成しているのかはわからない。ただ一つ言えることは、これが彼の物を頂点に君臨させている要因の一つであるということだ。冒険者界隈では、用済みになった女性の皮を剥いで作っているなどという噂も流れるほどだが、重要なのはその効果だった。
「よくやった。あいつのマントは自分の姿を見えなくする効果があるんだ。あそこまで破損してしまえば、効果は発揮できないだろう」
チリチリと燻り、場所によっては火が残るマントを指し示して、フェイがユーキの肩を叩く。不可視になられては、足音や気配に頼るしかないため、この一撃は大きなアドバンテージを得ることができた。それだけではなく、ゴブリンキングは大きな火傷を負ったためか、まだ動ける状態にない。
「よーし。ここは遠距離からひたすら撃ちまくって殲滅だぜ」
「素材もたくさん」
「だ、ダンジョンから出られたらだけどね?」
改めて杖を構える彼女らと違い、ユーキは軽く過呼吸気味になってしまい、息を整えていた。魔力もまだ余裕はあるが、その指や手は軽く震えていた。
「おい、大丈夫か。やっぱり、さっきの転移の影響が……」
「大丈夫。大丈夫だから」
何故かわからないがユーキは恐怖に押しつぶされそうになっていた。ゴブリンキングを視界に捉えてから動悸が収まらない。サクラたちの二回目の攻撃が放たれ、敵を蹂躙する。爆発が響き渡る中で、ユーキがその音を聞き逃さなかったのは奇跡だろう。
――――カツッ、コツッ
僅かに何かを叩くような。そう、まるで洞窟内を歩くような足音が後ろから響いた。
すぐに後ろへと振り返ったユーキはその眼を見開いた。
「(――――二体目、だと!?)」
先程のゴブリンキングと同じような靄を纏った存在がケヴィンのすぐ前まで迫り、腕を振り上げていた。それなのにも拘わらず、ケヴィンがその姿に反応する様子はない。それもそうだろう、ゴブリンキングという特殊個体がそうそう二体もいるはずがない。仮にいたとしても、それは群れの長同士。確実に縄張り争いが起こり、どちらかが死ぬまで続くはずだ。それが起こっていないのはダンジョン内のモンスターだからか、はたまた二体がまだ出会っていなかっただけか。いずれにせよ、ユーキの選択は一つだった。
「みんな! 伏せろ!」
ノータイムでガンドを放つ。ユーキも全員が避けられるとは思っていなかったので、その隙間を縫ってゴブリンキングの頭部へと照準を定めていた。ケヴィンの身長が低かったのが幸いして、射線は開けている。
着弾した魔力は暴風となってユーキたちをゴブリンの巣へと吹き飛ばす。急勾配になっているせいでなかなか止まらず、ようやく止まった頃には坂道の半ばくらいだった。
服越しについた擦り傷が痛むが気にする余裕はなく、すぐにその場で立ち上がる。視界に入ったのは、ゴブリンの残党がユーキたちを打倒しようと囲み始めているところだった。
振り返れば頭部が吹き飛んだゴブリンキングの胴体が血を吹き出しながら倒れる。運よく、二体のゴブリンキングを相手にはしなくて済みそうだが、状況は時間を追うごとに悪化していく。全員が立ち上がる頃には三十体ほどのゴブリンが目と鼻の先まで迫っていた。
「みんな! できるだけ壁際に向かって走れ! 囲まれるのだけは防ぐんだ」
フェイが指示を出すとそれに従って、身体強化で坂道を戻り始める。ゴブリンも囲んで袋叩きにしたいのか、前を塞ごうと横からユーキたちを追い抜いていく。
「邪魔を、するな!」
ユーキのガンドが左右に二発ずつ撃ち込まれる。先頭を走っていたゴブリンたちが吹き飛び、その後に続いていた者は一瞬怯んで隙ができる。
その間に壁際へと真っ先に辿り着いたのは、サクラとアイリスだった。そのまま、壁を背に詠唱を始める。
「『燃え上がり、爆ぜよ。汝等、何者も寄せ付けぬ八条の閃光なり』」
「『地に眠る鼓動を以て、その意を示せ。すべてを穿つ、巨石の墓標よ』」
素早く撃ち放たれる火球がユーキたちへと追いすがるゴブリンを焼き焦がし、地中に魔力を流し終えたサクラが数秒遅れて、ユーキたちとゴブリンを分断する。城壁のようにそそりたつ壁を作り出したサクラは魔力の消費が大きかったのか、大きく息を吐くと壁に寄り掛かった。
「ナイスフォロー。今のが無かったら死んでたかも……」
ケヴィンが四つん這いになりながらも辿り着くと、メイスを両手で握って次の襲撃に備える。まだゴブリンキングが一体健在なのだ。この城壁も後何分持つかわからない。
「サクラ、ポーションを!」
魔力不足でポーションを飲むこともままならない、サクラへユーキが自分のポーションを取り出して口元へ持っていくと少しずつ、それをサクラは飲み干した。
「ユーキ。さっきのは……?」
「ゴブリンキングがもう一体後ろから来ていたんだ。足音で気付けたけど、もしかするとまだいるのかもしれない」
その言葉にケヴィンの脚が震えだす。
「た、ただでさえ、面倒なのに、それが後何体も? じょ、冗談じゃない」
「一体は死亡、もう一体も瀕死だ。慌てず、一体一体処理すれば何とかなる」
フェイがケヴィンを励ましているとユーキたちを覆う城壁から大きな打撃音が響いた。その音が次第に大きく、連続し始める。
激しくなる攻撃に嫌な予感が全員の心の中に生まれ始める。そして、その予感は現実のものとなった。
「あり……えない」
目の前の岩の壁が崩れ去ると、そこには無傷のゴブリンキングが三体並んでいた。
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