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異世界魔瞳探索記「あなたの世界は何色ですか?」~極彩色の光が見える魔眼を手に入れて、薬草採取から魔物討伐まで縦横無尽の大活躍~  作者: 一文字 心
第1巻 極彩色の世界

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死の舞踏Ⅳ

 サクラたちに学園の案内をしてもらった後も時間が余っていた。


 グールのこともあるので、街の見回りを自主的にしようかとユーキが考えていると、アイリスがある提案をしてくる。



「ユーキ。杖か指輪、買っておいた方が、良い」


「やっぱり、あるのと無いのじゃ違う?」


「全然、違う。魔力も、無駄に消費、しない」


「そこまで言うなら、考えて見るけど、オススメはどっち?」



 ユーキが尋ねると、アイリスの背後から抱き着くようにマリーが現れた。大きな胸をアイリスの後頭部に押し付ける姿に、ユーキは目を逸らしたくなる。



「剣を使うなら断然、指輪だな。値段も金貨一枚いかないくらいだ」


(十万円か。まぁ、妥当な値段だろうけど、今の俺には少し辛いな)



 薬草採取でかなり稼いではいるが、生活費のことを考えるとギリギリだ。


 ユーキはほんの少しだけ、頭の中で薬草採取依頼で稼いだ金額を思い出す。全力でやれば日給十万円も稼ぐことが可能なのだ。それを考えれば、今の内に魔法の発動体を購入しておくのは悪いことではない。


 本格的に魔法の練習をするようになった時に、無いとなるよりはマシだろう。



「……買うことにしようかな。生活魔法も早めに覚えたいし」



 今は歯磨き代わりの特殊な使い捨て魔道具――グミのような物体――を購入しているが、生活魔法が使えるようになれば、体も魔法で洗うことができる。そういう意味では、さっさと魔法を使える環境を整えたい気持ちが勝った。



「善は急げ、ですね。魔法発動体は、使えば使う程、本人に馴染むって言いますから。それじゃあ、どこに行く?」


「『星の涙』は、流石に高すぎるな。それにあそこは女性へのプレゼントとか婚約指輪とかの類に特化してるし、あたしは無難にアラバスター商会が良いと思う」



 二人の会話を聞きながらユーキは、何でもそろうアラバスター商会に驚きを隠せなかった。


 先日は剣を見に行ったが、魔法発動体である指輪まで揃えているとは思っていなかったからだ。流石は王都で最も栄えている商会なだけはある。


 サクラたちの提案を受け、ユーキはアラバスター商会に向かうことにした。



「因みに、素材とかも関係はあるのか?」


「もちろん。杖も樹木の品種で、得意な属性が変わるし、指輪の場合は、金属の種類になる。指輪は、銀を選ぶ人が、多い」



 商会への扉を潜り、大勢の人がいる中を掻き分けていく。そんなアイリスを見失わないようにユーキは足早に追いかけた。


 もしも、この大勢の人の中にグールが紛れ込んでいたら。そう考えると、冷や汗が背中を滴り落ちる。



「花言葉みたいに、金属や鉱石が持つ意味も、魔法の行使に影響が出る。因みに、銀は『知恵』の意味を持ってて、成長を促す力があるって言われてる。得意な属性は水」


「へー、じゃあ、それにしてみようかな。銀色とかは俺、結構好きだし」



 周囲に注意を払いつつ進んで行くと、ショーケースに指輪が飾られている場所が見えて来た。


 覗き込んで見ると、シンプルな物から手の込んだ彫刻がされたものまで様々だ。特に驚いたのは、月桂冠のように枝や葉が形作られている指輪だ。枝葉の間からは皮膚が見える空間もあり、本当に金属の植物を編んで作ったのではないかと思わせる。



「うわぁ、素敵。こういう物は和の国では珍しいから、一度、着けてみたいな」


「それは魔道具的な意味で? それとも、プロポーズ的な意味で?」


「うーん、どちらかというとオシャレ的な方かな」


「なーんだ。後者なら、ちょうどいい奴が近くにいると思ったのにさ」


「ちょっと、しつこいってば。そろそろ、怒るからね」


「ハイハイ。あたしは黙ってますよーっと」



 アイリスとは異なり、女子トークに花を咲かせている二人。正確には、マリーがサクラをからかっているだけとも言う。


 どこの世界でも着飾ることは一種のステータスなのだと、勝手に一人で納得するユーキ。そんなユーキの視界に、両手をだらりとして歩いている男の姿が映った。


 サクラたちの後ろからゆっくりと近付く男の顔は青白く、どこか不気味であった。



(まさか――グールか?)



 その容姿はゴルドー男爵とは似ても似つかない。しかし、グールは噛んだ者を同じようにグールにしてしまうという。


 ゴルドーが外壁門で行方不明になってから数時間は経過している。もしも、その時から時間を置かずに誰かを噛んでいたとしたら、グール化が発症していてもおかしくはない。


 咄嗟の出来事に声が出ない。足を踏み出そうと頭では考えるものの、体が言うことを聞いてくれない。



「ユーキ、どうしたの?」



 アイリスが不思議そうな顔で話しかけて来た瞬間、やっと止まっていたユーキの時間が動き出した。


 必要なのは、少しでもサクラたちを目の前の男から引き離して、他の客を外に追い出すこと。最悪の場合、ここにいる全員がグールの餌食になりかねない。


 覚悟を決めたユーキは剣の柄を掴み――



「ちょっと、あんたどこに行ってたのさ。勝手にほっつき歩いて!」


「あ、あぁ、悪い。人の多さに酔っちまってよ」


「欲しいものは買ったから、外に行くよ。まったく、変なところでひ弱なんだから」



 行き交う人の列の中から出て来た女性に肩を叩かれ、顔色の悪い男は苦笑いを浮かべていた。そのまま二人は腕を組み、ユーキたちが来た道を戻っていく。


 目を丸くしたユーキは、その二人が消えて行った方向を見送って、大きく息を吐いた。



(何だよ。ただ気分が悪くなっただけか……)



 グール化していたのではなかったことに安堵しつつ、ユーキはショーケースの方を振り返る。


 すると、アイリスがじっとユーキを見つめていた。



「何か、心配ごと?」


「いや、様子がおかしい人がいたから、思わず警戒しちゃっただけだ。ただの気分が悪い人で済んでよかったよ」


「そう。じゃあ、指輪選びを再開、だね」



 アイリスの言葉に従い、勇輝は再び展示された指輪を眺める。


 剣を握る都合上、変に装飾があるよりはシンプルな方が望ましい。そこで視線をそれらの指輪へと移すと、使われている金属と共に説明文がかかれた板が目に留まった。



 ――「スターリングシルバー」。銀九十二・五パーセント、銅七・五パーセント。銀は「知恵」を、銅は「対立するものの合一」を意味しています。前者はあなたの成長を助け、後者は魔法の行使において、魔力の効率的な運用をもたらすという考えが一般的です。また、銀の中ではこの配分で特殊な処理をした場合、硬度が最も高くなるため、長く愛用していただくことが可能です。



 何となく、説明文がユーキの中にスッと入ってきた気がした。


 ギルドで引き出した大銀貨十数枚を握りしめ、それを購入しようかとアイリスに告げる。



「良いと思う。少し高いけど、長い目で見たら、良い選択のはず」


「そうか。あんまり魔法には詳しくないけど、これで上手く使えるようになったらいいな」


「努力は、人を裏切らない。これは、その後押しをしてくれる」



 アイリスの言葉が決め手になった。ユーキは力強く頷くと、近くの店員にサイズと在庫の確認を申し出た。



「ありがとうございます。どの指に嵌められますか?」


「……右手の人差し指で」



 脳裏に鍛錬場で魔力を放った瞬間が思い出される。魔法を放つ目標を示し、発動させるのならば、利き手の人差し指が適しているだろう。


 店員の採寸を受け、サイズに合った商品が運ばれてくるのを待っていると、サクラとマリーが戻ってきていた。



「へー、もう買う指輪を決めたのか。決断早いな。あたしなんか、杖を選ぶときに一時間くらいかかったぜ」


「みんなを待たせるわけにもいかないからね。それに何となくだけど、名前とか説明が気に入ったっていうのもあるかな」



 ユーキが説明文の書かれた場所を示すと、二人ともそこを凝視する。



「おいおい、銀貨と同じ配分の素材にしたのか。最高品質クラスだから、こんな小さいのでも結構するんじゃ……」


「まぁ、そこは依頼でまた稼げばいいさ。実際、この前まで無一文同然だったけど、溜めることはできたし、今後も稼げるアテはあるからね」



 ユーキの返事にマリーは一瞬、驚いた様子を見せた後、サクラを肘で小突いた。


 急な衝撃に驚くサクラへ、マリーは笑みを浮かべる。



「とんでもない魚を釣り上げたな。サクラ、これ絶対逃がしたらいけない奴だぞ」


「もう、マリーったら、いい加減にそういうのはやめてってば」



 サクラがマリーを両手で軽く押して、距離を取る。その表情は呆れと怒りが半々といった様子だ。尤も、その顔は少し赤くなっているようだが。


 ユーキは苦笑いを浮かべつつ、戻って来た店員に視線を戻す。



「お待たせしました。サイズにお間違いが無ければ、お支払いに移らせていただきます」


「……大丈夫です。いくらですか?」


「金貨一枚分になります」



 実際に嵌めて問題がないことを確認したユーキは、店員に銀貨十枚を手渡した。ポケットの中には数枚ほど銀貨が入っているが、それよりも遥かに軽い指輪が、それ以上の価値だと思うと不思議な感覚に陥る。


 入れ物の箱は受け取らず、ユーキはそのまま指に嵌めていくことにした。



「とりあえず、生活魔法の練習と火を灯す魔法の練習だな」


「何だ。その様子からすると、もう魔法の使い方は教わったのか?」


「あぁ、サクラに教えてもらった。――今の話で、サクラをからかおうとするなよ?」



 店の出入口に向かいながら、ユーキはマリーに釘を刺す。図星だったのか、マリーの頬が若干引きつっていた。

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