年越し準備Ⅶ
部屋の掃除を手伝ってあげたいのはやまやまだが、年頃の女子の部屋の片づけに勇輝が入るわけにもいかない。
(伯爵にバレたら、後で何て言われるか……)
言われるだけならまだいい。当たり前のように剣を持って、模擬戦という名の一方的な攻撃に晒されるのが鮮明に浮かぶ。恐らく、そんなことになれば生きては帰れまい。
「ま、いいさ。こっちはアイリスと上手くやって、明日には合流できるようにしておくからさ」
「そうか。じゃあ、明日の集合はとりあえず、いつくらいにしておく?」
「昼ご飯を食べ終わったら、各自、桜の部屋に集合でいいんじゃないか? フェイとフランは、場所を知らないだろうからあたしが連れて行く。ソフィは水精霊だった時の記憶があるから自分で行くってさ。今の話は伝えておくから」
「わかった。あとは風邪をひかずにみんなが集合できることを祈ってるよ」
それじゃあ、と片手を上げて去って行く二人を見送り、勇輝たちも部屋へと戻っていく。
同学年でも寮に住んでいる生徒の人数は相当な数で、マリーと桜の部屋は少しばかり離れたところにあった。
「部屋が隣とかだったら、もう少し楽だったんだけどな」
「あはは、そこまで近かったら、それはもう運命だね。でも、現実はそこまで都合よくないから」
桜は髪の先を指で巻きながら苦笑いする。
アイリスやマリーと会ったのは学校内に併設されている図書館だと聞いたことがある。もしも、そこで出会えていなかったら、今のような関係は築けていなかったかもしれない。
「でも、奇跡的な出会いを経て、こうやって年を越そうとしてるんだから不思議だよな」
少なくとも、勇輝にはそう言った深い関係の友人はいなかったし、元の世界においても、そういった過ごし方をしたことがある人は、そういないだろう。それも十代半ばで。
国が違えば文化も何もかもが違うとは聞くが、異世界になれば根本的なところからしていろいろと違うものなのだろう。
ただ、それを勇輝は好意的に受け止めており、元の世界にもない体験ができていることに喜びさえ感じていた。
「確かに、私も初めてこの国に来た時は、こんな関係になる友達ができるとはおもってなかったかも。まぁ、良くも悪くもだけどね。二人ともいい人だけど、悪戯好きなのが玉に瑕というか……」
最近はなりを潜めているが、初めて会った時はマリーがアイリスを投げつけるという事件があった。他にも学園では勇輝が知らない様々な悪戯をやらかしているとか。
果たして、明日の料理会兼年越しパーティーも大人しくしているかは疑問だ。
「……マリーのことだから、サプライズで何か急に他の食べ物も作るとか言いそうだよな」
「あり得なくはないかも。まぁ、その時はその時で」
「変な行動を起こさないようにフェイと俺で交代しながら見張っていた方が良いか」
間違いなく、とまでは言い切れないが、嫌な予感がするのは気のせいではない。
勇輝は思わずため息をつく。先程までは楽しく年を越せそうだと思っていたのに、一瞬で肩が重くなってしまった。
「ほらほら、ため息なんかしてると、幸せが逃げちゃうよ? それか、その逃げた幸せを私が貰っとこうかな」
何もない空中に手を伸ばした桜は、綿菓子を手で摘まむような動きをした後、それを口元に運んでいく。そのまま、口を開いて放り込んで咀嚼をし始めた。
「うん。それなら、桜が幸せに慣れそうだし、いいかな?」
「だーめ。勇輝さんも一緒じゃないと意味がないでしょ。ほら、笑って笑って。笑う門には福来る、なんだから」
今度は指で勇輝の頬を摘まんで、無理矢理口角を上げようとしてくる。勇輝からすれば痛いというよりは、桜に触られているということ自体が、どこか嬉しく感じてしまい。笑わずとも、どこからともなく福が舞い込んできた形だ。
「そうだな。みんな笑顔で新年を迎えないとな」
桜の手の甲に勇輝は自身の手を重ねて頷いた。
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