年越し準備Ⅵ
勇輝が頭を抱えていると、桜が音もなく忍び寄って来た。そのまま、マリーたちに見えないように手を添えて耳元に口を寄せる。
「精霊の休息日の夜があったから、私は何も不安に思ってないよ」
「そ、それを言われるのは、またそれで恥ずかしいというか何というか……」
婚約指輪を渡した夜を思い出し、さらに顔が熱くなるのを感じた勇輝は、桜にもマリーたちにも顔を向けることができずにそっぽを向く。
それが面白かったのか、桜が勇輝に振り返るよう人差し指で何度も肩を押してきた。
「冗談のつもりで言ったんだけど、これ、本当に惚気になってるな」
「仲良しは、悪いことじゃない」
「うん。まぁ、そうなんだけどさ……。その内、アイリスにもわかる日が来るさ」
マリーは肩を竦める。
友人に彼氏――或いは夫――ができたことに何かしら思うところがあるのだろう。その目に籠っているのが嫉妬なのか、羨望なのかは伺い知ることができない。もしかすると、本人もその感情が何かはわかっていない可能性もあるが。
「桜の部屋に足りない机と椅子を談話室から借りる申請を出しといた。ただ、そこでちょっと面倒なことになったんだけど、いいかな?」
「何? 他の生徒と申請が被っちゃったとか?」
「いや、そうじゃないんだよ。ヴァネッサ先生って知ってるか? 時々、寮の監督をしてる」
「確か、飛行魔法の教授でしょ? 国一番の箒乗りって言われてる」
桜の返事にマリーは頷く。
どうにも、その表情は硬さが見られ、あまり良くない話が展開されそうだと勇輝は感じた。
「そうなんだけどさ。料理を作って、みんなで食べるって言ったら何ていったと思う? 『わたくしの分も作ってくれないかしら。今日、明日とここにずっといなければいけないので、温かい食べ物が欲しいのよ』だってさ」
話を聞くと、寮の監督をする役目は前々からわかっていたものの準備が間に合わず、食料は必要最小限の物しか用意できなかったという。
年末年始にまで生徒の監督をしなければいけないということだけでも大変なのに、交代もないというのは些かブラック企業並みの酷使の仕方だと驚きを隠せない。
「もう一人の先生が、急病、らしい。多分、風邪」
「それは……何というか、可哀そうに……」
恐らく、責任感が強い先生なのだろう。少しでも席を外している間に何かあってはいけないと食事を買いに行くこともせずに、この寮で過ごしているらしい。
「うーん。食材は、ちょっと余分に買って来てるし、豚肉も明日切ればいいから、調整は幾らでもできる、かな?」
「え、まさか、本当にヴァネッサ先生の分も?」
「お会いしたことはないけど、私たちの為に寮に残ってくれてるんでしょう? それなら、お礼の一つくらいした方が良いと思う。例え、それがお仕事なんだとしても、ね」
それもそうか、とマリーも納得したようで、表情が幾分か和らぐ。
少なくとも、これで互いに明日の準備で伝えておくことはなくなった。後は、せっかく出会えたのだから、何か四人で出来ることはないかと勇輝は提案する。
「悪い。流石に部屋の掃除を済ませないとな。来年から使う教科書がどこにあるかわからないままは、流石にマズい」
「マリーの部屋、本と服が積まれっぱなし」
以前、このメンバーの誰の部屋で遊ぶかという話が出た時も、マリーの部屋は選択肢から即座に除外された。
彼女たちの会話から察するに、マリーの部屋は散らかっているらしい。そして、アイリスはそのお手伝いなのだとか。
「……マリー、一言だけ言っていいか?」
「いや、勇輝。言わなくてもわかってる。だから、お願いだ。言わないでく――」
「年下に自分の部屋を掃除してもらって、恥ずかしいとは思わないのか?」
「ぐっ……返す言葉もない……」
正論以外の何ものでもない勇輝の一言に、マリーは胸を抑えて前屈みになる。いくら自由人で悪戯っ子なマリーであっても、流石に人として恥ずかしい行為をアイリスに頼んでいる自覚はあったようだ。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




