迷宮Ⅶ
六人の目の前には広い空間が広がっていた。本来、洞窟のダンジョンは多少の起伏こそあれ、平面的な構造をしているのが一般的だった。
しかし、フェイの僅か数十センチ先からは軽い崖になっており、その先は大きく窪み、すり鉢状の空間が存在している。その中央には水晶が置かれているのだが、どうにもその周りには近寄りたくないものがウロウロしていた。
「水晶のある部屋にモンスターがいるなんてあるんだ」
「あまり、聞いたことない、かも」
アイリスが珍しそうに顔を覗かせて観察している。水晶の周りには宝物を守るかのようにゴブリンが群れている。おまけに、その中には通常のゴブリンより大きい個体が何体も存在していた。
「言ったじゃないか。ここのダンジョンはおかしいって。ああやって僕の仲間もイレギュラーなダンジョンの造りにやられていったんだ」
そう落ち込むケヴィンの横でユーキは魔眼を開いてゴブリンたちを観察していた。今までで一番見たことがあるモンスターはゴブリンだ。そのためか、比較的早くユーキは違和感に気付くことができた。
「(個体によって色が、違う?)」
遠くからじっくり観察することのなかったユーキは、ゴブリンの群れの中に色が違う個体が紛れ込んでいることが分かった。最初は大きな個体とそうでない個体との違いかとも思ったが、体格に関係なく色違いはまばらに存在していた。
一方は以前見たことがある黒い色。もう一方は、水晶の奥に見た黒雲のように靄がかかっているもの。
前者が体の周りに薄くまとわりついているのに対し、後者は煙かドライアイスのように周りへと漏れ出ているような状態だ。
「結構な数がいるようだけど、高所という利点があるんだ。魔法使いに遮蔽物のない場所を与えたらワンサイドゲームだってことを教えてやろうぜ」
「的当てー」
目測でおよそ百体に届かない程度。当然、攻撃を開始すれば一気に押し寄せてくるだろうが、地形があまりにもユーキたちにとって有利過ぎる。遮蔽物がないというところもそうだが、すり鉢状の斜面を駆け上がってくればどうしても入口に集中しようとして一直線になる。ハッキリ言ってアイリスの言う通り的でしかない。運よく突破しても、下がられてしまえば数的有利を活かせず倒れ行くのみである。
「そうだね。後ろからの攻撃さえなければ簡単に数を減らして、その後は僕とユーキで減らしてもいいからね」
「了解。じゃあ、みんなでゴブリンの一掃をお願いできる?」
「もちろん。誰が一番多く倒せたか競争しようぜ。女の敵であるゴブリンはサーチ&デストロイ!」
マリーが小さく拳を上げるとアイリスも小さく拳を上げる。驚くべきことにサクラも若干乗り気に杖を構えていた。
「なぁ、フェイ。女の敵ってどういうことだ」
「あー、その……つまりだね」
疑問に思ったユーキの問いに、フェイは歯切れが悪く、なかなか言おうとしない。そんなフェイに変わってケヴィンが話に割って入る。
「一応、有名な話なんだけどね。ゴブリンっていう種族は基本的に男しかいないんだ。つまり、他の種族の女性を孕み袋――――つまり、繁殖用の苗床――――として襲うことがよくあるんだ」
その話を聞いて、ユーキの心臓が跳ね上がる。
「じゃ、じゃあ俺たちがここで倒れたら……」
「まぁ……彼女たちもそうなってしまうだろうね。ダンジョンの安全装置がどうなっているかにもよるだろうけどさ」
「そんなことはさせないさ」
一瞬にして、ゴブリンという弱小個体が恐ろしく思えてきた。そんな種族が今もなお存在しているということは、そういう扱いを受けている人が、今もこの世界のどこかにいるわけである。血の気が引いた顔に徐々に血が戻り始めると同時に、ユーキの中で沸々と形容できない感情と共に魔力が湧き上がってくる。
そんな中、ユーキの瞳がより大きな個体の影を捉えた。
「よし。じゃあ、みんなで一斉に攻撃開始だぜ。準備は良いよな」
「前はフェイとユーキ、頼んだよ」
「後ろはケヴィンさんでいいですか?」
「構わないよ。君たち程攻撃が得意じゃないから、後ろを見張ってるよ」
入れ替わるようにケヴィンが前を退くと若干開けた空間に前衛二人とサクラたちが並ぶ。
「『燃え上がり、爆ぜよ。汝等、何者も寄せ付けぬ十六条の閃光なり』」
「『燃え上がり、爆ぜよ。汝、何者も寄せ付けぬ一条の閃光なり』」
彼女たち三人の詠唱に僅かに遅れてユーキの詠唱が小さく響く。
四十八もの火球が水晶の左右、手前の三方向へ降り注ぐとゴブリンたちは慌てふためき逃げ惑い始めた。その中で流星の如く、水晶の後方へとユーキの火球が着弾して爆発を巻き起こす。
「何だよ。ユーキも参加したいなら最初に言えって……」
「マリー、あれ!」
マリーの声を遮り、アイリスが袖を引っ張って魔法の着弾した個所を指し示す。体長二メートルを超える緑色の巨体が突如空間に出現した。肌は焼け焦げ、纏っていただろうマントは大半が燃え尽きていた。
「あれは……ゴブリンリーダー? いや、違う。さっきまで、姿すら見えていなかった。ってことは――――」
「ゴブリンキングだ。どうやら、今日はレアボスの特売日みたいだね」
フェイの皮肉に応えるように醜い緑と炭化した黒い肌を引きつらせながら、ゴブリンキングは天に向かって叫び声を放った。
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