製作開始Ⅵ
驚くべきことに桜は宣言通り、その後、一時間強も魔力を供給し続けた。
勇輝の眼に、緑の光は薄くしか映っておらず、そのほとんどが青い光に塗りつぶされている。
「ふむ、そろそろいい頃合いだろう。一度、網をどかす。枝が一気に浮き上がってくるかもしれんから気を付けてな」
ロジャーが杖を振ると、網がゆっくりと動き出す。布団を捲るように網がどくと、その端から小枝が次々に水面に浮かび上がる。中にはイルカのように勢い良く空中に飛び出る物もあった。
「えっと、太い枝だけ沈んでいますけど……」
「うむ、なかなか良い感じに染みこんでるな。後はアレから水を引き抜くだけ。焦らずにゆっくりとな。急ぐと呆気なく切れる蜘蛛の糸のような物だ。自分の感覚を信じて、一滴残らず外に出してしまえ」
そう告げたロジャーは杖で別の物を呼び寄せる。木で出来たU字型の板とでも言えば良いのだろうか。それを水の中に沈めると、太い枝の下に潜り込み、あっという間に引き上げてしまった。その枝には辛うじて網が引っ掛かっている。
「ほれ、早くせんと周囲の水が逃げてしまうぞ」
「あっ、少し待ってください。今すぐ魔力を流すのでっ!」
桜が慌ててロープを握りしめると、枝の周りから滝のように流れ落ちていた水の動きが急に遅くなる。そのまま、水は枝の切り口側へと集まっていくと、だんだんと大きな水玉を作り出していく。
「おっと、少し水を抜くのが早いな。もっと、落ち着いてやらねば、木に負担がかかる」
「も、もしかして、これも一時間くらいかけますか?」
「時間がかかればかかるほど負担は少ない。流石に魔力の残りが厳しいか?」
「……いえ、ここまで来たんです。やらせてください」
ロジャーが心配そうに尋ねると、桜は即座に首を横に振った。その表情を見て、ロジャーは一瞬面食らった顔をした後、天井を仰いで笑い出す。
「ほう、良い面構えだな。昨今の若いのは腑抜けていると思ったが、まだまだ光る奴はおるようだ」
嬉しそうに言い放ったロジャーの言葉を、桜は聞き流していた。まだ、魔力に余裕はあるようだが、よりよい杖を作るという目的の為に一瞬でも気が抜けないと言った様子だ。
「ロジャーさん。こういうのは、事前に言っておいた方がいいと思いますよ。心の準備だけじゃなく、魔力の配分だって必要ですし」
「ふっ、逆じゃよ。魔力が少なくなってきているからこそ、『より効率的に、最小限の力で動かそう』とするんだ。それに何より、一つ一つの工程に全力になれる。次の工程を意識して、目の前の作業をおろそかにしたら、元も子もないだろう?」
加えて、魔力が有り余っている状態だと、逆に水を引き抜く動作が雑になる、とロジャーは語る。
適当に指示を出しているようで先を見据えた考えに、勇輝は驚くことしかできなかった。
「勇輝さん……私は大丈夫だから、今は集中させて!」
「わかった。ポーションはいつでも渡せるようにしておくからな」
ロジャーの説明を聞いていたからか、桜はペンダントの魔力を取り込んではいなかった。勇輝の魔眼には彼女の魔力らしき光が、最初に比べて随分と弱々しくなっていることを捉えていた。しかし、それでも勇輝は桜を止めようとはせずに、彼女の意思を尊重して見守ることにした。
枝の両端で膨らみ続ける水玉は、時折、水を噴き出して小さくなる。水が木から流出する勢いが大きいからなのだろう。
勇輝が心配していると、だんだんと水が噴き出す頻度が少なくなり始めた。
「何とか、安定して来たけど……これくらいですか?」
「良い感じだな。もう少し抑えられれば、もっと良くなるだろう。本来なら枝全体を包み込むのがいいのだが、それを求めるのは流石に酷か。まぁ、そう簡単には表面が乾くことも無いから大丈夫だろう」
ロジャーは問題ないと判断したのか、設計図へと視線を落とした。ペン先が羊皮紙を擦る音が響き、水滴が落ちて波紋を作り出す。あと少しで最高の素材を創り上げることができる。そう勇輝と桜は信じて、目の前の枝を見つめた。
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