製作開始Ⅲ
魔術師ギルドにある工房に移動し、ロジャーが指示した通りに容器の中に枝を置いていく。家庭用の浴槽が数杯分くらいありそうな直方体の容器に、あっという間に枝が積み上げられた。流石に太い枝をいっぺんに入れることはできなかったので、一本だけ添えるように置かれている。
「あ、私、水の魔法とかは得意じゃないんですけど、そこら辺は……?」
「別に水の球をいくつも作って曲芸をしろとは言っておらん。だが、不安になるのもわかる。そこで、だ。こいつの出番だ」
ロジャーは奥から、大きな袋をいくつも空中に浮かばせて持って来た。
「中身は何ですか? かなり重そうですけど……何かの、粉?」
勇輝は袋から聞こえる砂状の物が動く音に眉を顰める。
「これは岩塩だ。水だけで魔力制御をしようとすると、なかなか大変だが、こういう物を混ぜてやると途端にやりやすくなる。加えて、木の中にも水が通りやすくなるのもいい」
ロジャーは杖をくるりと回転させると、粉末状になった岩塩を枝の上から振り掛けていく。茶や黒の粉に埋もれ始める枝だが、そこにロジャーはデカい金属塊を括りつけた目の細かい網をかけた。
「……そんな重そうな物、魔力を通すだけで浮かべられるんですか?」
「若造。流石に儂と言えども、魔法術式を組まねば、こんな重い物は浮かせられんわ。無詠唱でやっているから簡単そうに見えるが、これを開発するのにはかなり手こずった。もしも魔力制御で出来る奴がいたら、こいつをそのまま投げつけてやるわ」
嫉妬で人を殺せるのではないかという気迫が、ロジャーの語気からにじみ出ていた。勇輝は下手に口出しはしない方が良いと理解し、ロジャーの準備を見守る。
「よし、後は水を入れるだけだ。そうしたら、嬢ちゃんの出番だな。念の為、そこの中級ポーションを飲んでおけ。魔力切れで倒れられても困るからな」
「えっと、そんなに魔力を使うんですか?」
「最初だけな。後は火を灯す魔法と同じようにじわじわと消耗していく。ほれ、これを握れ。杖が無くても魔力を上手く通すことができる」
ロジャーが差し出したのは網に繋がっているロープだった。
桜が握ったのを確認すると、呪文を唱えることなく、またどこかから水の入った樽を浮かせて運んできた。
じっと勇輝がその樽を見ていると、ロジャーが不愛想な顔で淡々と告げる。
「――魔法で水を生み出さんのは、儂の魔力が邪魔をせんためだ」
「よくわかりましたね。俺が何故魔法を使わないのか考えてるって」
「はっ、若い奴の考えることなどお見通しだわい」
「うわっ!?」
表情を変えずにロジャーが杖を振ると、勇輝に向かって一本の棒が飛んできた。
「魔力を使わずに水をかき混ぜるのも大変だが、ちょうどよく力仕事が得意な若い奴がいる。ほれ、そこの嬢ちゃんのために動いてやらんか!」
「あぁ、はいはい。わかりましたよ。じゃあ、桜はポーションを飲み終わったら、魔力を流し始めるってことでいい?」
桜が頷くのを見て、勇輝は容器の中を棒でかき混ぜ始めた。こんもりと積もっていた岩塩の粉が水の流れに従って揺れ動き、少しずつ溶けていく。水の中に目を凝らすと、かすかに蜃気楼のような歪みが見える場所があった。
「この容器の下で少し火を焚いている。ある程度のぬるま湯で溶かしたら、温度を下げるからな。儂はそっちの作業をしてくるから、周りの物には触れずに一心にかき混ぜろ」
ロジャーは忠告をすると、入ってきた扉とは違う場所から出て行ってしまった。
勇輝は腕にかかる負担に耐え、棒で水をかき混ぜ続ける。底の網に引っ掛けないように回していると、容器の中央の水がへこみ、緩やかな渦を形成し始めた。そこに桜が魔力を流していくために、ロープを軽く握り込んだ。
「じゃあ、少しずつ流していくね」
「あぁ、こっちは大丈夫だ。時々、魔眼で様子も見てみるから」
「もう、その眼はあんまり使わないでって言ってるでしょ」
「大丈夫だよ。馬車の中でたっぷり休ませたからさ」
勇輝はそう言って、早速、魔眼を開いてみた。
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