空中偵察Ⅰ
お茶会の数十分後、勇輝は伯爵夫人と共に空にいた。
「確かに空からあなたの魔眼を使って怪しいところを見るというのは面白い発想ですね。しかし、良かったのかしら? 魔眼の使い過ぎだとあの少女が心配していましたが」
「ご心配なく。おいしいお茶とお菓子に、楽しい会話でかなり疲れは取れました。問題ありません」
かつてビクトリアと共に箒で空を飛びながら、夜襲をかけて来た蓮華帝国の兵の居場所を見つけ出す役割を担った勇輝だからこそ、思いつくことができた。新種の魔物が密集して存在していたり、どこかから湧いて出てきているようなら、外壁から見るよりも遥かに見つけやすい。
「奥様。いくら着こんでいても、この季節の飛行はお体に触ります。ほどほどになさいますよう」
「あらやだ。まだ、そんなことで体を壊すような年じゃないわ。でも、ありがとうね」
伯爵夫人の前後左右上下と至る所にメイドが箒に跨って飛んでいる。彼女の護衛の為と言うこともあるのだが、お茶会と同様に一緒に飛ぶ仲間がいる方が楽しいという理由で、メイドたちも箒で飛ぶための免許を取得したのだとか。もちろん、その際の講師は伯爵夫人本人である。
「まぁ、あなたたちだけに任せるという手もあったんだけど、一応、領地の全貌を見せるわけだからね。そこは伯爵夫人である私がちゃんとしておかないと」
「あれ、もしかして、俺……とんでもなく失礼なことしてます?」
「うふふ、貴族の領地は見られたくないものもいっぱいありますからね。攻められた時に備えて、地図すら見せてくれない領主もいるくらいですから」
どの場所が外壁から死角になっているか、どこに水が流れているか。地形の一つ一つが戦場での生死を分ける。そんな重要な情報を一気に見れるのが、上空からの視認だと伯爵夫人は告げる。箒での免許が必要な理由も、他国に情報を売り渡す可能性がないかどうかを確認する必要があるからだとか。
(あれ? じゃあ、昨晩の桜とか、結構アウトでは?)
暗かったから見えていない。街を守る為だったから仕方がない。そんな理由が浮かんで来るが、伯爵夫人の理論からすれば、本来はどんな理由があろうとも、免許を持っていない状態で上空を飛行したこと自体が違法行為だろう。
「あ、もしかして、黒髪のお嬢さんの事を心配しているのかしら? 大丈夫よ。あくまで『箒』で空を飛ぶ免許ですもの。他の手段で飛ぶことは想定されていないわ」
「な、なんだ。それなら大丈――」
「後は国王様のお考え次第ね」
「やっぱり、大丈夫じゃなかった……!?」
勇輝は下方に広がる木々や草原、丘の影などに魔眼を向けながらも頬を引き攣らせる。
街の上空に浮かんでからそこまで時間は経っていないが、それでもかなりの高度だ。街を中心にかなり遠くまで見通せる位置にいる。
「でも、大丈夫? 高い所が苦手と聞いていたけれど」
「実際は落ちるのが怖いので、こうして安全な状態にしてくれれば、そこまで怖くは――いえ、やっぱり怖いですね」
勇輝は自分の上方から垂れる三本の縄を見て、すぐに視線を元に戻す。
勇輝がいるのは箒の上ではない。三人のメイドの箒から伸びた縄で固定されている空中ブランコの上だった。いったい、どうしてこんな物が空中偵察を提案してすぐに出てくるのか、勇輝には不思議で仕方がなかった。
縄を握りしめながら、そのことを問いかけると伯爵夫人は肩越しに振り返って笑う。
「箒に乗るための最初の練習によく使うのよ。空中で風を切って飛ぶことに慣れるのが上達の秘訣。少しでも落ちることを怖がると急上昇や急降下の原因になるの」
「じゃあ、俺は箒に乗る才能はないみたいですね。こんな高さまで自力で飛ぶのは、正直……無理そうです」
急上昇に急降下。その想像が脳裏を過ぎった瞬間、全身の血の気が引くのを感じ取った。
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