選定と剪定Ⅱ
「さて、どの枝にします?」
「「「……え?」」」
メリッサ以外の三人の声が重なった。
どの木にする、ではない。どの枝にする、という言葉に耳を疑った。
「あの、もしかして、枝を切り落とすのに、一日ですか?」
桜が恐る恐る尋ねると騎士は苦笑いする。
「えぇ、驚くのも無理はないですね。ただ、冷静に考えて見てください。一本の杖の為に、二十数本しかない樹木の一本を切り倒すと思いますか?」
「た、確かに……」
希少価値と言う点では、他の追随を許すことのない貴重な樹木たちだ。いくら現役の宮廷魔術師で、懐に余裕があったとしても、そんな許可を伯爵が出すはずがない。
魔法使いが使う杖は枝の末端でも場所さえ選べば十分に素材となる。ただ、今回はロジャーがいろいろと別のことにも使う予定らしく、枝の根元から一本丸ごと切り出すつもりらしい。
「幹から切り出すのに半日、それぞれの枝を切り離すのに半日かかります。これ丸ごと伐採となると、どれほど時間がかかることか」
「じゃあ、私たちは護衛を昨日のように――」
「いえ、その前に、どの枝を切るか選んでもらいたいと思います。ここに来ていただいたからには、そこまでやった方が満足いく杖になりそうですから」
騎士の提案に桜は四方八方に広がる枝を見つめる。
どれも太く、しっかりとした枝でどれを選んでも同じように勇輝には見える。それは魔眼であっても同じで、どこも同じように光を放っている。
「これ、幹に魔力を流してみても大丈夫ですか?」
「どうぞ。我々も時々、魔法で様子を見ているので、何か事故が起こるということはないのでご安心ください」
騎士の返事に桜は頷くと、幹へ手を添える。
赤と白の混ざった光がゆっくりと染みこんでいくのが勇輝には見えた。幹を上り、少しずつ近くの枝へと流れ込んでいく。流れ込む枝が一本、二本と増え始めると、急に光の明るさに差がつき始めた。
(もしかして、魔力が通りやすい枝とそうでない枝がある?)
木にも内部には食道や血管のような役割を果たす師管や道管がある。魔力の流れやすいところも人と同じように存在すると考えれば、当然の結果だと言えるだろう。
十数秒ほどすると、桜の魔力が最下部にある枝のほぼ全てに行き渡った。
「勇輝さん。魔眼だと私の魔力が見えるかな?」
「あぁ、一番下の枝はほぼ全部魔力が通ってる」
「勇輝さんの魔眼で、私の魔力が一番濃く見えるのは?」
その言葉に桜の考えていることを瞬時に勇輝は理解する。
尤も魔力が濃く見えるということは、それだけ杖としての能力が高いということでもある。勇輝はすぐに目を凝らして枝を観察し始めた。幹の周りを歩きながら勇輝は光の強さを見比べる。
魔力の溜まっているだろう枝はすぐに見つかった。それは意外にも桜が手を当てていた場所とは正反対にあった。普通ならば、直上の枝が最も光を放つと思っていたのだが、逆に言えば、多少離れていても魔力の通りやすさの方が優先されているとも言える。
勇輝がその枝を指し示すと、騎士が桜へと最終確認をしていた。桜が頷くのを見て、騎士は他の者に指示を出し始める。
「足場と枝の支えを用意だ。今年最後の大仕事になるぞ。気を引き締めていけ。年末年始をベッドの上で過ごしたい奴はそれでも構わないがな」
一斉に持って来た梯子やら何やらを使い、足場と支柱を組み立て始める。また幹から離れた場所では岩の槍の応用で作り出した足場まで出来始め、急ピッチで作業が始まったことに驚きを隠せない。
「随分と手慣れた様子ですね。普段も、このような作業を?」
「えぇ、果実の収穫はもちろんですが、今日のように杖の素材としても樹木を育てているものがありますので。普段ならば住民も参加することがあるのですが、流石に貴重な樹木なので、ここは責任をもって我々が行います」
一分と経たずに諸々の準備を整えた騎士たちは、早速、枝へと斧を振るい始めた。
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