迷宮Ⅳ
ジェットコースターの急降下に近い感覚。足から血が抜けたかのような虚脱感と心臓を軽く締めあげるような恐怖感が襲い来る。わずか数秒のことだったが、足の裏が地面に着くと同時に、ユーキは前のめりに倒れそうになった。
「だ、大丈夫?」
サクラが慌ててユーキの腕を引き上げて支えようとするが、唐突なこともあってか一緒によろけてしまった。数歩、歩いたところで何とか踏みとどまった二人だが、転移の感覚に慣れていなかったユーキは膝に手をついて浅く息を吸う。
この転移の一瞬、視界のどこかで赤黒いナニカが追いかけて来ていたような錯覚に陥る。この世界に初めて訪れるときに見た、あのよくわからない存在を思い出すだけで、浮遊感よりも何千倍もの恐怖が自分の正気を圧し潰そうとしていた。
そんな恐怖に震えるユーキの背中をマリーが後ろから見て、軽く笑い飛ばす。ユーキ以外は転移に慣れているらしく、全員が何事もなかったかのように直立していた。
「おいおい、ユーキ。顔色悪いぜ。だらしないなぁ」
「マリー。もしかして、ユーキ。本当に転移慣れしてないかも……」
流石のアイリスもユーキの顔を覗き込んで心配する。ユーキの顔はただ苦手な人とは言えないほどに顔色が悪くなっていたからだ。
「なんだ。ユーキ、本当にダメなら最初に言っておけ。君も僕をからかっているのかと……。とりあえず、水を軽く飲むか、飲めないならうがいしろ」
以前、本当にリバースしてしまった時のユーキの顔色を知っているフェイは、本気でユーキが気分が悪くなっているのを察したようで、急いで荷物をあさって水筒を取り出す。
「えっと、どうしよう、こんな時は――――」
他に何かすることはないかとサクラがあたふたしていると、急に目の前からユーキの姿が消えた。他のメンバーも一瞬何が起こったのかわからないといった様子で、ユーキのいた場所から数メートル前を見る。すると、挽き潰された蛙のような格好で倒れているユーキの上に、きれいな白銀色をしたメイスを持った銀髪の少年がユーキに折り重なるようにして倒れていた。
「「「「……誰?」」」」
皆一様に同じ反応をしていると、まず起き上がったのはユーキだった。いや、正確には這い出してきたといった方が正しい。吐き気よりも痛みが勝ったのか、その顔色はさきほどよりも随分マシになっていた。
「……誰?」
遅れてユーキも自分を吹き飛ばした相手を見て首を傾げる。身長は百五十センチを超えたくらい。華奢で顔立ちも幼く見えるが、ここにいることを考える魔法学園の生徒であることは間違いない。つまりアイリスという例外を除けば、ユーキたちと同年代か、それ以上ということになる。
倒れたまま放っておくのも気が引けるので、その場でユーキは仰向けにさせると呼吸と心拍を確かめる。腕を強く圧迫してみると、しっかりと拍動が感じられた。
「ただの……気絶か?」
「いや、転移の仕方もだいぶおかしかったぞ。普通、あんなに吹っ飛んでくることなんて、ありえないからな」
そうしていると銀髪の少年が呻きながら目を開けた。
「こ、ここは……?」
「大丈夫か? 転移しながら吹き飛んできたんだが、何かあったのか?」
フェイが腕を組んで倒れた少年を見下ろす。対して少年は目を二、三度瞬きさせると、急に起き上がった。
「お、おいおい。急に起き上がると、また倒れるぜ」
「こ、ここは何階層ですか?」
少年の言葉にマリーは意味が分からないといった顔をする。それはそうだろう。転移の階層は行ったことがある場所ならば任意で行える。それが人工ダンジョン、特にこの学園のダンジョンの利点なのだから。
「そりゃ、もちろん入口に決まって……」
顔を上げて周りの様子を見たマリーの言葉が止まった。それに反応して、全員周りを見渡す。そこは入ってきた門のような立派な人工物は存在せず、ヒカリゴケが茂る薄暗い洞窟だった。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




