双頭の狼Ⅴ
巨大なボルフを見たクレアが一歩下がる。
「おいおい、まるで御伽噺に出て来るオルトロスじゃないか。たてがみと尻尾は蛇じゃないけど、あんなのまで出てくるなんて……」
「オルトロス?」
聞きなれない名前に勇輝は問い返す。
「ケルベロスなら聞いたことがあるだろ? 三つ首の地獄の番犬。あれの兄弟犬さ」
「へー、狼も犬も似てるから、区別するにはいい名前だな」
仮称オルトロスをどうするか、勇輝はその動向を見守る。
ボルスたちとは違い、オルトロスはその巨体で駆けることなく、目の前に並ぶ隊列を睥睨していた。オルトロスもまた、未知の敵に攻めるべきかを悩んでいるように見える。
(いや、わざわざ林から出て来たんだ。その目的があるはず……)
冷静に考えれば、浮かんで来るのは二つ。
燃え広がろうとしている炎を騎士たちが水で消し始めたからか、それとも同族の命が次々に奪われているからか。そのどちらかだろう。
(寒いから火を起こして暖まろうとする、なんて魔物がやることもあるかもしれないけど、ここは――後者だよな!)
オルトロスの口が赤い光に染まる。
ボルスですら、かなりの強さの火球を放つ。それが数倍の大きさの個体であれば、脅威になるのは明らかだ。即座に勇輝はガンドをオルトロスに向かって連射した。
魔眼に青い光が尾を引いて、流れ星のように駆け抜ける。数十メートルの距離を一瞬にして詰めた魔力の弾丸は、オルトロスの火球を放とうとしていた顔に直撃した。同時に火球が暴発し、オルトロスの顔が炎と煙に包まれる。
「……何だ、意外に大したことな――」
魔力を籠めればミスリル原石の城壁すらぶちぬく威力だ。当然、生身で喰らって無事では済まない。
勇輝は己のガンドの威力に笑みを浮かべそうになったが、煙の隙間から見えたオルトロスと目が合った。ガンドに寄って皮膚が抉れ、血に濡れているが、その眼光は恐ろしいほどに鋭い。
全身が氷水に浸かったような怖気が走り抜ける。
「クレア、俺から離れてろ!」
「は? 急にどうし――」
クレアが返事を言い切る前に、二人の体を影が覆う。
一瞬、目を離した隙にオルトロスが迫っていた。しかも、前脚を振りかぶった状態で。
魔眼に映った光が高速で勇輝とクレアを纏めて吹き飛ばす軌道で動き始める。一秒と経たずに迫りくる質量と言う名の暴力に、勇輝は何とかしてガンドの照準を合わせようと右腕を上げた。
「間に合えっ!」
直後、暴風が吹き荒び、地面が揺れた。
しかし、それを引き起こしたのは勇輝でもオルトロスでもなければ、クレアでもなかった。
「――桜!」
『こんなこともあろうかと、魔力を溜めた石礫魔法を一発用意しておいたの! 間に合ってよかった!』
桜の杖は失われていて、ファンメル王国があるこの大陸固有の魔法は使えない。だが、一つだけそれを可能にする方法があった。
それが式神自体を魔法の発動媒体として使用するという荒業だ。高名な陰陽師である桜の父をして、異様と言わしめるスキルだ。
『相変わらず、すごい威力だな。お前のガンドほどじゃないが、初級魔法でこの威力は相当だぞ』
心刀が感心するのも無理はない。桜の放った石礫魔法は、振り上げていたオルトロスの前脚を貫き、地面へと小さなクレーターを作り出していた。もしも、これがオルトロスの頭に当たっていれば、間違いなく片方の頭部を沈黙させるには十分な威力だっただろう。
「……っと、呑気に話をしている場合じゃなかった!」
騎士たちから水の槍の援護射撃が飛んできているが、オルトロスにはあまり効いていない様子だ。それでも、桜の攻撃で追った傷が響いているようで、満足に動けていない。
勇輝はその好機を見逃さずに、残弾の四発のガンドを全て連射する。それぞれが双頭の付け根に一発、胸に一発、腹に二発着弾。
魔力を完全に溜めきっていなかったが、オルトロスの体は宙に浮き、そのまま背中から地面へと叩きつけられた。
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