伯爵邸・宿泊Ⅵ
伯爵夫人の視線がクレアへと向けられる。
「まぁ、夕食は昼間と違って、それなりのマナーが求められる。それが初対面の貴族ならなおさら。それを彼らに伝えた上で臨むのは合格。でも、私相手の場合は不合格」
「えっと、いったい何の話を?」
クレアが戸惑った様子で伯爵夫人に尋ねると、彼女は笑みを崩さずに瞳に真剣な光を宿して告げた。
「あなたのお母様。ビクトリアちゃんに頼まれたのよ。姉妹のどちらが、ローレンスの名を継ぐかわからない以上、貴族としての立ち振る舞いも見てやって欲しいって」
「……嫌な予感がしたとは思ったけど、そういうことね」
クレアがメリッサに目配せするが、彼女は小さく顔を横に振る。
恐らく、メリッサもグルなのかと疑ったのだろう。しかし、その反応からすると違うらしい。
「ちなみに、詳しくご教授願えますか?」
「もちろん。厳格なルールを好む高位の貴族なら、今ので問題は無いわ。でも、私のように楽しさを優先する人間ならば、緊張で縮こまられても困るだけよね。他にも研究の話を語り合いたくて仕方ない人とか、自慢話したいだけの人とか、その人の人間性に合わせていく柔軟性が大切よ。その辺り、ビクトリアちゃんを見ているあなたの方がわかるんじゃない?」
「うっ、確かに……」
自由奔放だが、決める所は決める。メリハリのついた最強の魔法使いの一人を名乗る女傑。その良くも悪くもすごいところを生まれてからずっと見てきているのだ。クレアが知らないはずがない。
「――ということで、ここからは、あなたたちも身分なんて気にせず、そこらのおばちゃんと話してる気分になってちょうだい。今日はそれが楽しみで仕方なかったんだから」
「は、はぁ……」
勇輝は戸惑いながらもクレアの様子を窺う。彼女は肩を竦めているだけで、特に何かを訴える感じはしなかった。
――もう、伯爵夫人の言う通りにしたら?
そんな声が聞こえてきそうだ。
幸いにもメインディッシュの肉料理は運ばれて来ておらず、まだまだ夕食の時間は続く。勇輝は一度呼吸して、肩の力を抜いた。
「では、お会いした時に許可してくださったようにポピーさんとお呼びしてもよろしいですか?」
「もちろんよ。私、お花と同じ自分の名前が好きだから、そう呼ばれる方がいいわ」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、料理が運ばれ始める。
先程よりも料理長の言葉がはずんだものになり、部屋の雰囲気も温かくなっていた。
***
「――やられたわ。母さんの名前が出た時点で警戒しておくべきだった」
部屋に戻ったクレアはベッドにダイブして言い放った。
食事中は楽し気に会話をしていたので、夕食自体は問題なく終えられてはいたのだが、やはり、自分の立ち振る舞いを知らない内に評価されていたこと――しかも、母親の差し金で――ということには我慢がならなかったらしい。
「その点は俺たちにはわからない苦労だけど……子供を心配する親心ってやつじゃないか?」
「正直、辺境伯の地位ならマリーの方が適任でしょ。何せ、母さんと同じ火属性魔法に長けてるし、結果も残してる」
隣国の蓮華帝国が攻めて来た時に後方の食料などの運搬車を焼き尽くした。その功績はファンメル王国、蓮華帝国の双方に知れ渡っている。当然、妹であろうともマリーが辺境伯を継ぐ方が敵国にとっては恐ろしいに決まっている。
「もしかして、クレアさんが継ぐ可能性もあると思ってるんじゃないんですか? 例えば、ビクトリアさんと同じで、ローレンス伯爵と同じように強い方が旦那さんになる、とか」
「あはは、桜も面白いこと言うわね。残念だけど、あたしにそんな相手がいるはずが――」
ベッドに仰向けになっていたクレアだったが、一瞬黙った後、急に体を起こした。
「メリッサ。まさか、あたしにお見合いとか入れてないわよね?」
「はい。クレア様も御存知の通り、先日まではマリー様付きのメイドとして動いておりましたので」
「そう、なら良かったわ……」
力を使い果たしたと言わんばかりに、クレアは再び上半身をベッドへと預けた。
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