伯爵邸・宿泊Ⅴ
勇輝は何とか平静を保ちながら、視線を元に戻す。
そこからは途切れることのない緊張の時間だ。前菜やスープ、魚料理と様々なものが運ばれてきて、解説が加えられ、口の中へと飛びこんでいく。
口の中に入る瞬間は確かにおいしいと感じるのだが、数秒と経たずに味がどこかに吹き飛んでいってしまう。
(美味いけど、楽しく、ない……)
ここまで緊張する夕食の経験は勇輝にとって初めてだった。もはや、食事を楽しむ場ではなく、一種の拷問を受けている気分にすらなる。
「ところで、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
クレアはそんな中で、平然と食事をしながら伯爵夫人と会話に花を咲かせていた。
話しかけられても二つか、三つ言葉を交わすのが限界だった勇輝たちに対して、自ら声を掛けに行く姿は頼もしい以外の言葉が見つからない。
「シルベスター家に伝えられている魔法は、二つの物質を合成するものだと噂されています。それは事実なのでしょうか?」
「えぇ、その通りよ。別に隠しているわけではなく、むしろ、公表すらしているのだけれど、誰も信じてくれないって、あの人は嘆いていたわね」
「なるほど、それで新種の樹木を作り出していた、と。でも、それがあの頑丈な岩で作られた城壁に関係する魔法とは思えないですね」
「同じ物を合わせると、強度が増すみたいね。木剣でも金属並みに硬くなったという話を聞いたことがあるわ」
聞き捨てならない、恐ろしい魔法の効果に勇輝は絶句した。
木が金属並みの硬さになるのならば、それを金属に使用したらどうなってしまうのか。まったく想像がつかない。
勇輝はそっと魔眼を開いて周囲の物体を探る。部屋の中にある物は、その魔法の効果を受けていないのか、放つ輝きに異常はない。ただ、この城や城壁を見た時に感じた光を考えると、間違いなく、クレアの質問にあった岩も同じように強化されていると考えるのが普通だろう。
「王都で鋳造している金貨にも、魔法が使われていてね。何か偽造しようとすると、それがあの人のところに伝わるの。あなた、王都の人々を使うために金貨を溶かしたのでしょう?」
「あ、はい。金であれば効果的に魔法の効果を持続させられると思ったので、仕方なく……」
暴走して術者の言うことを聞かなくなった水銀を止める為に、金に緊急停止の魔法を刻んで叩きこむという荒業。水銀には金が溶けると言う性質を利用した物だったが、そのおかげで王都のメインストリートで大きな被害を出さずに事件を解決できた。
その後に、シルベスター伯爵が理由を問いただしに飛んできたのは言うまでもない。
「えぇ、そのことはあの人も怒っていませんでした。むしろ、異国の出身であるあなたが、そこまでのリスクを冒してでも民を守ろうとしてくれたことに感謝していましたよ。なので、私もあなたたちを感謝と共に助けてあげたいと思っているのです。――だから、そろそろ、この堅苦しい貴族同士のような夕食の雰囲気は壊してしまいましょうか」
そう告げた伯爵夫人は、手を二度叩いて合図を出した。すると、昼間に見かけたメイドたちに加え、何人かの使用人が長テーブルの空席に座り出す。
「言ったでしょう? 私一人だと寂しいって、まぁ、この執事長は頭が固いので、なかなか許してくれないのだけれどね」
「奥様。シルベスター伯爵家だけでなく、奥様自身の家の名誉にも関わることです。あまり、そういうことは避けるべきだという当然の忠告です」
「……ほらね?」
執事長が眉間に皺を寄せながらも、冷静に言葉を紡ぎ出す。彼にも思うところはあるのだろうが、最終的には伯爵夫人の決定に従うところを見るに、決して人の情がないわけではないのだろう。むしろ、忠告しているのは建前なのだと勇輝は感じ取った。
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