伯爵邸・宿泊Ⅳ
部屋の中に通されると、昼間とは打って変わって、豪華絢爛な光景が目に飛び込んでくる。
天井は魔法石がちりばめられたシャンデリア。壁には様々な肖像画や風景画が飾られ、その周囲の壁には細かく掘られた彫刻や模様が並ぶ。
長テーブルは純白のクロスが敷かれ、魔法石の光を反射して煌めく銀色のナイフやフォークが並べられている。
「ほら、これでわかったでしょ。昼間のお茶会とは違うって」
クレアが肩越しに呟くので、勇輝は頬を引き攣らせながらも頷いた。
当然、伯爵夫人が座るべき場所はまだ空席のまま。相手を待たせることで、どちらの地位が上なのかをはっきりさせるという意味もあるとか。
クレアは上座となる右側へ、勇輝と桜は左側へと座る。メリッサはクレアの右後方で立ったまま待機しており、ここでは流石に着席はしないようだ。
「もうすぐ、奥様がいらっしゃいます」
執事が凛とした声で告げる。
昼間に同席していた彼だったが、その時とは違い、気配がかなり薄くなっていた。声が出るまで部屋に入ってきたことさえ、感じさせないほどの自然な振る舞いに、勇輝はプロの身のこなしかと感動すら覚える。
「お待たせしましたね。では、飲み物を」
すぐに給仕のメイドたちが、三人の前に飲み物を用意する。勇輝たちでも既に酒が飲める年齢とされるのが、ファンメル王国ではある。だが、メリッサが既に伝えてくれてあったようで、目の前に置かれたのは果実水だった。
「では、我が国の発展と平和。そして、若き客人の未来が明るいことを願って――乾杯」
伯爵夫人の腹から響き渡る声と共に、盃が掲げられる。勇輝たちも遅れることなく、盃を掲げて、その縁に口を付けた。
そして、勇輝も桜も、クレアでさえも目を丸くする。
「おいしいっ……!」
伯爵夫人が話しかけるまで黙っていようと思った勇輝だったが、思わず声が漏れてしまった。
果実水と言えば、果物が持つ本来の甘さと酸味を楽しむもの。しかし、口の中には不思議な爽快感が残り、後味がすっきりとしている。特に口内に刺激はないのだが、炭酸のレモン水でも飲んだ気分だ。
「気に入っていただけて何より。これは領地で開発している樹木から取れた果実でね。量産には至っていないのですが、近い内にそれを行おうと考えているものです。若い子には人気だろうと思っていたけれど、その顔と反応からするに正解だったみたいね」
伯爵夫人が微笑むので、勇輝は顔を上下に振って意思を示す。
これ以上は長話は危険だと本能が告げていた。優しそうな瞳が、何故か猛獣のように何かを狙っているように思えてくる。
「クレアちゃんも、気に入っていただけたかしら?」
「はい。甘い物に関しては時に苦手な人もいますが、これはそういった方にも需要がありそうですね。シルベスター伯爵家の開発力は想像以上でしたので、正直、驚きを隠せません」
「あら、お上手。褒めても何も出て――いえ、お食事が出てくるわね。こちらも気に入ってもらえると嬉しいわ」
伯爵夫人の言葉を待っていたと言わんばかりに、料理が運び込まれる。
つい先日、勇輝は桜とそれなりに高価な店でコース料理を食べたばかりだったので、それと同じ流れだと信じて、目の前に並べられるものに視線を落とす。
「こちら、当領自慢の――」
料理長らしき人が説明をしてくれるが、緊張でほとんど内容が入ってこない。
それとなく勇輝は桜へと視線を移す。すると、彼女の方は至って冷静な表情だが、どこか違和感があった。それが何か、勇輝はすぐに気が付いた。
(瞬き、してないっ!?)
あまりの緊張のせいか、桜は目を開いたままで料理長の話を聞いていた。その姿は、まるで精巧な人形のように見える。呼吸で肩や胸が動いていなければ、勘違いしてしまう人がいてもおかしくないくらいに。
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