樹木選定Ⅴ
冬であっても葉が落ちることなく青々と茂っている。ただ、枯れないというわけではなく、足下には枯れ葉が積もっていた。
一歩進むたびに乾いた落ち葉の心地良い音が耳に響く。
「この葉はどう生え変わるんですか?」
「秋に一気に落ちて、冬の間は新しい葉に。春が来る頃に同じことがもう一度繰り返されます。良い肥料になるのですが、虫が多くなるのが少し問題です」
殺虫剤もないので、それが街の中へと入ってきたらかなり邪魔になるのは間違いない。出来ることと言えば虫が忌避する植物を植えたり、それらの一部を粉末状にして巻いたりすることくらいか。
幸いにも、今の季節は冬の為、虫の心配をする必要はない。気を付けるべきは、伯爵夫人から言われていた異形の魔物だけだ。
「……すいません。止まってもらってもよろしいですか?」
勇輝が呼びかけると、怪訝な顔で騎士が振り返った。
「どうしましたか? 何か他に気になる樹木でも――」
「魔物が近付いています。戦闘準備をした方がよろしいかと」
勇輝は心刀の鯉口を切り、右手の人差し指を木々の間の茂みへと向けた。
その直後、茂みが音を立てて揺れたかと思うと、その中から狼の頭が飛び出して来る。
体を仰け反らせながらも剣を引き抜く騎士たち。だが、彼らが体勢を整えるよりも先に、狼頭が吹き飛んだ。騎士たちの誰もが、何が起こったかを理解していなかっただろう。
「相変わらず勇輝のガンドは反則級だよな。見えないし、威力はあるし」
勇輝の使う魔法は、魔力自体を弾丸として打ち出すガンドというもの。本来は病を引き起こしたり、鈍痛を感じさせたりする程度の威力なのだが、勇輝の放つそれは死の一撃と呼ばれている。魔法に対して抵抗力のあるミスリルの原石で組まれた城の壁すら穿つ威力で、おまけにその弾丸は非常に見えにくい。目を凝らして、やっと空間が歪んでいたり、青白く見えたりするくらいで、高速で飛来するそれを見切って避けるのは至難の業だ。
「使いこなすまでに時間がかかったけどね。その代わり、みんなみたいに自由自在に魔法が扱えるわけじゃないから」
「それこそ慣れの問題だからね。あたしたちがどれだけ魔法を練習してきたと思ってるの? そう簡単に抜かされるわけにはいかないから、いくら極力魔法を使うのを禁止しているとはいえ、ね」
騎士たちとは打って変わって、桜やマリーは警戒しながらも、その表情には余裕があった。
当然、吹き飛んだ魔物は起き上がって来る気配はない。しかし、その向こうからは明らかに人ではない存在が蠢いている音が聞こえて来た。
「くっ、仕方ない。総員戦闘準備だ。間違っても、樹木に傷をつけるなよ!」
騎士が全員に声を掛ける中、勇輝は冷や汗が噴き出した。
ここにあるのは、世界のどこにもない新種の樹木。それを傷つければ、いったいどれだけの損害になるか。一度、公爵家の城に剣を突き刺してしまったことがあるが、その時と同じくらい心臓が早鐘を打っていた。
「ど、どうしますか? 一応、結界を張ることもできますが」
「それは魔物共が逃げようとしたら発動をお願いします。発見した魔物は残らず駆逐するよう仰せつかっておりますので!」
「わ、わかりました。では、戦闘は騎士団の方と……」
桜の視線が勇輝たちに注がれる。
「あぁ、俺とクレアも参戦する。メリッサさんは、桜の傍にいてもらっても大丈夫ですか?」
「ご安心ください。元よりそのつもりです。尤も、皆様のお力があれば、私の出番などありはしないでしょうけど」
「ありがとうございます。桜を頼みます!」
勇輝はそう告げると、心刀を抜き放った。
特殊な製法で作られた一種の妖刀に近いそれは、それぞれが特殊な能力を持つ。勇輝の場合は、元の世界に戻りたいという想いが反映されたためか、「鞘の中に心刀が納まる」または「心刀がある場所に鞘が移動する」形で、触れている人物ごと転移するというものだ。
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