素材を求めてⅦ
紺色のドレスを身に纏った貴婦人は、手で口元を隠しながら近付いて来る。
瞬時にその女性がシルベスター伯爵夫人だと気付いた勇輝は、最後に降りて来たクレアに目配せする。
「シルベスター伯爵夫人。お忙しいところ、お邪魔して申し訳ありません。私が依頼を受けたクレア。彼らがシルベスター伯爵のお目通りに適った冒険者の二人です」
勇輝と桜も慌てて、自らの名を告げる。そんな二人の言葉を笑顔のまま頷いた。
「ご丁寧にどうも。私は別に偉くもなんともないから、そんなにかしこまらなくてもいいわよ。この街の人たちと同じようにポピーという名で呼んでちょうだい」
ポピーという名を聞いて真っ先に思い浮かんだのは、やはり花の名前だろう。シルベスター伯爵が新種の木々を作り出していることを考えると、伴侶が鼻の名前というのはなかなか数奇な運命に違いない。
色とりどりの花を咲かせるポピーのように、明るい笑顔が似合う人だと勇輝が考えていると、伯爵夫人は居城へと入るように促した。
踵を返す彼女の後をクレアを先頭に進んで行く。城とはいっても国境に面した領地ではないので戦争に対する備えをしたような造りではないらしい。外壁が破られた際、籠城するための防衛設備があまりにも少ない。矢や魔法を放つ場所も最小限で、どちらかといえば、高い所から領地を見渡すことが目的のようだ。
(この城もさっきの外壁と同じくらいの光……。これを一人――――或いは、代々の伯爵を受け継ぐ人が作り続けて来たと考えると、相当なものだよな)
一朝一夕でできるような量ではないことから、数十年単位の建設計画があったことを考えられる。それを可能とする魔法を跡絶えさせずに伝え続けたことにも驚きを隠せない。
何せ、宮廷魔術師になることができる魔法だ。いくらそれを習得している者からの指導があったとしても、求められるレベルにまで磨き上げられるかどうかは魔法を学ぶ者の努力次第だ。歴代の伯爵の努力とはいったい、どれほどのものだったのか。
「あの人から、みなさんのことは手紙で聞いております。そちらの異国から来たお二人が王都を救う為に尽力してくれたとか。壊れてしまった杖の素材に、領地にある木々の枝を提供するのは私としてもやぶさかではありません」
伯爵夫人は背筋を伸ばして歩きながら、勇輝たちへと語り掛ける。協力的な姿勢に勇輝と桜が安堵のため息をついて顔を見合わせた。
付き添っていた使用人たちが扉を開け、城の中の一室に通される。煌びやかな部屋を想像していた勇輝だったが、そこにはいくつかの花と数枚の絵画が飾られている部屋だった。
来客を持て成すための椅子と机以外には、調度品も必要最低限と言った様子。
「さて、長旅でお疲れでしょう。まずはお茶でも飲んでリラックスを」
すぐに別の扉が開くと、新たな使用人がお茶会の準備をし始める。当然、そこには甘味の類も並べられており、桜が隣で顔をほころばせたのが勇輝の視界の端に映った。
「遠慮せずにたくさん召し上がってくださいな。この年になると食べられる量も限られるし、私は何でもおいしいって言ってしまうから料理人たちが困っているの。でも、今日は若い子が四人も来ると聞いて張り切っていたから」
「それはありがたいですね。しかし、四人というのは?」
クレアが戸惑った様子で質問を投げかける。すると、伯爵夫人の視線はメリッサへと注がれる。
「なるほど、誰が来るかはお見通しだったと。現役の宮廷魔術師となると、リスク管理も怠らないのは流石ですね」
「違うわよ。あなた、ここに来る前にギルドで一報をお母様に送ったでしょう? そうしたら、わざわざこっちに連絡をくれてね。『うちの娘と娘と同じくらい可愛い使用人が行くのでよろしく』って。ビクトリアちゃんったら、相変わらず元気そうで何よりだわ」
「……そうですか。まさか、母と知り合いだったとは」
クレアが途端に頬を引き攣らせた。恐らく、ビクトリアのことは想定外だったのだろう。己の知らない所で勝手に話が進んでいたことにクレアは苛立ちを隠せていない。
「まぁまぁ、落ち着いて。食べながら、この後のことをお話ししましょうか」
目の前に出されたティーカップをさっそく手に取る伯爵夫人。そんな彼女の目の奥が、一瞬だけ鋭く光ったように勇輝は感じた。
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